“世界で最も新しい国”に医療がない 活動責任者と日本人医師が報告

MSFの南スーダン活動責任者を務めたウィル・ハーパーと、現地で活動した安西兼丈外科医 © MSF

MSFの南スーダン活動責任者を務めたウィル・ハーパーと、現地で活動した安西兼丈外科医 © MSF

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2011年に独立し、世界で最も新しい国となったアフリカの南スーダン共和国。長年の紛争が終わってわずか2年後の2013年、新たな内戦が勃発し、国境なき医師団(MSF)は現在も大規模な医療・人道援助を展開している。

南スーダンでは、4年以上にわたる紛争終結を目指して2018年に政府と反政府勢力の間で和平協定が結ばれたが、国内では今も200万人が避難生活を送り、国外に逃げた200万人も、帰国は進んでいない。2017年から約2年、南スーダンの活動を統括してきた活動責任者ウィル・ハーパーと、2019年1月に北部アウェイルのプロジェクトで子どもの外科治療を担った日本人外科医、安西兼丈医師が記者報告会を行い、現地の様子を語った。 

短期的な和平は解決にならない

活動責任者のウィル・ハーパー © MSF

活動責任者のウィル・ハーパー © MSF

MSFの南スーダン活動責任者、ウィル・ハーパーは、内戦突入前の2013年と、14~15年にこの国で援助活動に参加し、2017年から今年1月までの約2年間は、活動責任者として全プロジェクトを統括してきた。

「南スーダンで数年働いてきましたが、この国が直面している困難がどれほどのものか、表現するのはとても難しいことです。子どもの死亡率、妊産婦の死亡率、寿命など、南スーダンは世界で最も悪い指標を持つ国です。女性が子どもを産むこと、産んだ子が5歳になるのが難しい国でもあります。MSFが、最大規模の資材・人材をこの国にかけているのはそれが理由です。紛争は2つのグループの対立以上に複雑で、民族、経済、政治の対立がいくつも重なり合い、それだけ解決策を見出すのが難しい状況にあります」 

アウェイル病院の産科病棟 南スーダンでは出産も大きなリスクを伴う © Jean-Christophe Nougaret/MSF

アウェイル病院の産科病棟 南スーダンでは出産も大きなリスクを伴う © Jean-Christophe Nougaret/MSF

2018年の後半に結ばれた和平協定について、ハーパーは「短期的な安定が得られても楽観はできない」と話す。「まだ地域では、戦闘が続いています。コンゴ民主共和国とウガンダと国境を接するエクアトリア州では無数の武装勢力が存在し、MSFや他の人道援助団体の活動が難しくなっています。紛争は、政府と反政府の戦いだけでなく、いくつもの武装グループが折り重なっているからです。そして、軍の抗争以外にも牛をめぐる伝統的な戦いも起きています。こうした状況は、短期間では解決しません」 

南スーダン、マラカルの国連文民保護区 © Albert Gonzalez Farran

南スーダン、マラカルの国連文民保護区 © Albert Gonzalez Farran

現在、南スーダンでは多くの人びとが国連の文民保護区(POC)や、へき地で避難生活を続けている。エチオピアやウガンダなど、国外の難民キャンプへ逃げた人も多く、今も帰還しないままだ。

「国内にあるPOCには今も20万人の避難民が暮らしています。国外に避難した人は、今も危険を恐れてなかなか帰ってきません。安全も教育も確保できなければ、すぐに帰ろうとはしないでしょう。2019年は、国外に避難し帰ってくる人たちが地域でどうサポートを得られるかが課題になります。小さな戦いが起これば、それがまた大きな内戦になることもあります。MSFは通常の活動に加えて、緊急事態にいつも対応できるように準備しています」 

治療できる病院がなく、手遅れになるケースも

外科医の安西兼丈医師 © MSF

外科医の安西兼丈医師 © MSF

日本人外科医の安西兼丈医師は、北部の町アウェイルの病院で2019年1月に約2週間、活動した。アウェイルは戦闘からは離れているものの、病院や診療所がなく“医療の空白地域”となっている。

「現場では、特に子どもの患者に外科治療を提供しました。外傷、先天性の疾患、救命処置、熱傷(やけど)処置などすべてを管理しました。整形外科、形成外科、産婦人科の患者さんの管理、疼痛管理、栄養管理、現地医師への教育に夜間の緊急手術も。子どもの熱傷が多くて、重症の子が何人も亡くなってしまいます。小さな赤ちゃんは熱傷の範囲が大きいと脱水が起き、循環が悪くなって亡くなってしまうこともあります。皮膚移植や、早期治療を意識して対応していました」 

アウェイル病院で治療にあたる安西外科医 © MSF

アウェイル病院で治療にあたる安西外科医 © MSF

現地では、具合が悪くなっても病院が近くになかったり、治療が必要なのかわからないまま放置したりして、診断が遅れ症状が進行してしまうケースもあったという。

「腹痛と食欲不振、発熱と嘔吐がある12歳の女の子がいました。この子は以前、左足にうみがたまって切断手術をしていましたが、医療が受けられず治療が遅れ、症状が進行して切断せざるを得なかったようです。親も、病院に行ったほうがいいのか、放っておいていいのかわからない。今回この少女は、腹膜炎と診断されていたのですが、エコーをやってみると肝臓が肥大していました。開腹手術ではなく、安静と高たんぱくの栄養が必要でした。マラリアの進行もあって熱も出ていたので、いろいろな病気の併発で診断が遅れてしまっていましたが、最後は元気になりました」 

アウェイル病院で治療を受ける赤ちゃん © Peter Bauza

アウェイル病院で治療を受ける赤ちゃん © Peter Bauza

「それから、8ヵ月間も入院していた12歳の男の子。(重症のやけどで)これまで皮膚移植を何度も受けていました。栄養状態が悪く、マラリアにもかかっていて重度の貧血でした。患部の脚は感染を起こしていて、感染があると皮膚移植ができないので、脚を洗浄して感染コントロールをします。とても痛いので、通常は全身麻酔でやりますが、麻酔をかけるには食事制限が必要で、毎日やると食べられなくなる。そういう悪循環で長い入院になっていました。洗浄を2~3日に1回にして、精神状態もうつになっていたので、大丈夫だよと声をかけながら一緒に治療していました」

安西医師は、MSFの活動に参加するときは、いつも日本の3色・4色ボールペンを持っていくという。「子どもたちには勇気と希望を持ってもらいたい。『ペンは剣よりも強し』と伝えています。親に渡すこともあります。予防できる病気がほとんど、という印象だったので、親に知識があれば予防できるのかもしれない、と」 

紛争が今日終わっても、ニーズは大きいまま

南スーダンでは防げるはずの病気も治療できない現実がある、と説明するハーパー責任者 © MSF

南スーダンでは防げるはずの病気も治療できない現実がある、と説明するハーパー責任者 © MSF

ハーパー活動責任者は、南スーダンが抱える問題は「医療アクセス」だと強調する。病院、診療所、医療人材など、資源も選択肢も限られたなかで、大きなジレンマに直面することもある。

「今、MSFが南スーダンで目撃しているのは、防ぐことのできる病気が中心です。マラリアやコレラ、はしかなど、子どもがあと1日早く病院に来ていたら、妊婦がもう少し早く来ていたら、ということばかりです。それは結局、医療へのアクセスがないということなのです」 

重症マラリアでアウェイル病院に入院する3歳の男の子 © Peter Bauza

重症マラリアでアウェイル病院に入院する3歳の男の子 © Peter Bauza

「援助のニーズは大きいだけでなく、多様にあり、紛争などの情勢や人びとの動きの変化によって変わります。医療面、ロジスティック面、人的資源にも課題はありますが、MSFはこれまで長年、南スーダンでニーズの変化に合わせて活動を変えてきました。時には難しい決断を迫られることもあります。短期的な平和が訪れ、目立った戦闘がなかったとしても、医療を受ける手立てがない、ということは相変わらず人びとを苦しめます。たとえ今日、紛争が終結しても、明日にでもやらなくてはいけない仕事が山のようにあるのです。今も、医療の緊急事態なのです」 

南スーダンの現状を多くの人に知ってもらいたい。
国境なき医師団日本 南スーダンキャンペーン「答えは変えられる。」
特設サイトはこちら⇒ https://www.msf.or.jp/kotae/

 

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