金栗四三さん、どんな人? マラソンンで日本人初の五輪出場 生涯で地球6周分走る

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ストックホルム五輪から帰国後、ユニホーム姿で写真に写る金栗四三さん。開会式入場で使われたプラカードは金栗さんの強い希望で「JAPAN」ではなく「NIPPON」になった(玉名市立歴史博物館こころピア提供)
金栗四三さんが着たユニホームや足袋などが展示される館内=和水町の金栗四三ミュージアム
金栗四三さんが生まれ育った築200年超の生家=和水町
360度スクリーンで見る「体感シアター」は臨場感あふれる=玉名市のいだてん大河ドラマ館
金栗四三さんが晩年を過ごした住家。縁側にあるのは愛用のいす=玉名市

 NHK大河ドラマ「いだてん」の主人公、金栗四三さんを知っていますか? 熊本県和水町出身で、日本人で初めてオリンピックに出場し、「日本マラソンの父」とされる人物です。ドラマチックで人間味あふれる金栗さんは、箱根駅伝を創設するなど日本のスポーツ普及にも大きく貢献しました。その生涯とともに、県内でオープンが続く関連施設を紹介します。(読者・NIEセンター 魚住有佳)

 金栗さんは1891年、造り酒屋だった旧家の8人兄弟の7番目に生まれます。父親が43歳の時の子だったため「四三」と名付けられました。幼い頃は病弱でしたが、南関町の高等小学校に入学してからは毎日往復約12キロを走って通学。体力と自信をつけたこの道は「金栗四三ロード」と呼ばれています。この時見いだした「すっすっ、はっはっー」と息を2回ずつ吸って吐く呼吸法は、後に多くの人に広まります。

 努力家で勉強もできました。旧制玉名中(現・玉名高)では優秀な成績をおさめ、東京高等師範学校(現・筑波大)に入学。校長の嘉納治五郎に認められ徒歩部に入部します。高地トレーニングの元祖とされる富士山での練習などで力をつけオリンピックの国内予選会で優勝。日本が初参加したスウェーデン・ストックホルム五輪に21歳で出場します。

 しかし真夏の五輪レースは過酷でした。多くの選手が脱落する中、金栗さんもコースを外れ意識を失います。現地の民家で介抱された後に帰国しますが、大会では「消えたオリンピック走者」として語りつがれます。その後も国内大会では好成績を残し五輪代表にも3度選ばれますが、本番では思うような結果は出せませんでした。

 一方で、教師をしながら箱根駅伝を企画・運営したり、女子体育を広めたりなど日本のスポーツ振興に取り組みます。現役引退後は妻の実家のある玉名市で暮らし、県内外でマラソンの普及に力を注ぎます。そんな中、ストックホルム五輪55周年の式典に「失踪して行方不明のまま」だった金栗さんが招待されます。76歳でゴールした時のタイムは54年8カ月6日5時間32分20秒3。これは史上最も遅いマラソン記録とされています。92歳で亡くなるまで、金栗さんが走った距離は約25万キロで地球6周分にあたるそうです。

■**金栗四三ミュージアム(和水町) **  金栗さんがストックホルム五輪で着たユニホームや日記、トロフィーなど約40点を展示。アニメーション映像や解説で生涯を分かりやすく紹介する。実寸の足袋を50倍にした巨大ソファ、他のマラソン選手と比較した歩幅の表示、タッチパネルで解くクイズなど楽しいコーナーも。高校生以上600円、小中学生300円。

金栗四三生家記念館(和水町)

 生まれてから旧制玉名中に通うまでの約14年暮らした家。築200年を超え、約100坪の間取りには造り酒屋だったころの広い土間や金栗さんが勉強していた2畳の小部屋などを再現。幼い頃のエピソードを紹介する展示や映像も。大河ドラマ「いだてん」の撮影も行われた。高校生以上300円、小中学生200円。

いだてん 大河ドラマ館(玉名市)

 撮影で使われた衣装や小道具、役者の等身大パネルなど約200点を展示。菊池川でのロケ地を再現したジオラマ、ドラマセットを仮想空間(VR)で楽しむタブレット端末も。目玉は360度のスクリーンで見る「体感シアター」。金栗少年が登校した通学路を走るような感覚が味わえる。高校生以上600円、小中学生300円。

金栗四三さんの住家(玉名市)  帰郷して亡くなるまでの晩年を過ごした築120年の旧居。愛用したロッキングチェアや妻スヤさんとの写真などが飾られる。外には毎日冷水浴をしていた井戸も残る。ガイド役をつとめる地元住民から、金栗さんのエピソードも聞くことができる。資料館になっている離れには、直筆の書や盾、着用した背広なども展示される。無料。

(2019年2月9日付 熊本日日新聞朝刊掲載)