対話で心通わせ20年 ハンド名将・粟国さん、今春勇退 浦城小を3度日本一に導く

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 20年前から浦添市立浦城小学校ハンドボール部の指導に関わり、全国小学生大会で同校女子を2011年、16年、18年と3度の頂点に導いた監督の粟国茂則さん(57)がこの春で勇退する。保護者から子どもとの接し方を学び、技術面は県内の監督仲間に支えられ、全国でも有数の勝負どころに強い選手たちを育ててきた。教え子らは中学や高校で活躍中だ。引退後は「こっそり(教え子の)全国大会でも観戦に行こうかな」と羽ばたく子どもたちを陰ながら応援するつもりだ。(嘉陽拓也)

■30代で転機

 粟国さんは浦城小、仲西中でプレーし、九州大会まで出場したが、那覇工業高校の途中で競技を離れた。指導者への転機は1998年。浦城小ハンド部をつくり、指導していた高良政幸さん(現ザ・テラスホテルズ女子ハンドチーム監督)の異動に伴い、引き継ぎを頼まれた。準備も兼ねた大会視察で、当時神森小を指導していた宜野座伸二さんや同年代の翁長誠光さんらに刺激を受け、浦城小コーチとして第2のハンド人生を歩み始める。

 当時は30代後半。粟国さんは妻さおりさんと2人家族。「社会人への接し方とは違う子どもたちへの声掛けは、保護者の皆さんに教えてもらった」という。

 「女の子は精神的な成長が早く、継続することの重要性を理解してくれるので努力は裏切らないと伝える。男の子は、まずはさせてみてできたら褒める。そうして伸びるきっかけを与えてあげることが大事」。飲み会なども催し、夫婦二人三脚で保護者との団結も強めていった。

■全国の頂点に

 努力が結実したのは2011年。低学年から育ててきた金城ありさ(浦城小―港川中―佼成学園女子高校・東京)ら世代が、10年の全国3位の悔しさを晴らし、6年生で頂点に立ったことだ。「強いと言われ続けた重圧から解かれ、すごくほっとした」。16年には田里優生子(浦城小―仲西中)らを擁するチームが2度目の全国制覇を成し遂げた。

 3度目の全国制覇は昨年夏。現在6年生の又吉虹歌らを軸に頂点に立った。4年生から県内無敗の強豪だったため「負けた悔しさを知らず、絶対的な強さがなかった」と、6年生最初の大会であえて敗北を経験させた。悔し涙の選手に理由を説明して再出発したチームは「九州や全国で競り合いに勝てるチームとなった。あの負けが大きな糧となった」と振り返る。

 全国屈指のチームだが、練習時間も飛び抜けて長いわけではない。怒鳴り散らさずにチーム内の対話を増やし「4年生からは怒る時は厳しく」指導した。練習以外では選手に「いじられる」距離感を大事にした。

■感謝のつながり

 引退は1月に優勝した九州親善大会後に報告した。男子の平良浬主将は「分かりやすい指導で、ちょっと口うるさい時もあるけれど、引退してしまうのは寂しい。中学では皆を引っ張る選手になった姿を見せたい」と語る。又吉虹歌は「いつか引退するかなと思っていたけれど、自分たちの世代とは思わなかった。でも、おかげさまで目指してきた夢を実現することができた」と全国優勝の経験に感謝を表す。

 中学、高校の県内大会では巣立った教え子らが粟国さんの姿を見つけて駆け寄る場面が度々あった。惜しまれながらの引退だが「もうすぐ還暦も迎えるし、指導方法も分かる保護者が引き継いでくれるので20年の節目にと、決めた」と静かな表情で語る。常勝チームをつくる秘訣(ひけつ)は、という質問には「物おじしない選手らに恵まれただけよ」と同じ言葉を繰り返しながら謙遜し、信じて向き合ってくれた子どもらを最後までたたえていた。