カジサック騒動に言及?為末大「バラエティの最大の弊害は“一生懸命取り組む人を笑う”という仕組みを子どもに植え付けたこと」

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画像はツイッターのキャプチャ

YouTuber「カジサック」ことお笑い芸人のキングコング・梶原雄太さんが2月上旬、評論家の宇野常寛さんに「失礼な絡み」をして炎上した。これを受け、脳科学者の茂木健一郎さんがツイッター上で「お笑い文化の『いじり』は好きか嫌いか」と問いかけたが、「好き」は17%に留まっている。

陸上の元五輪日本代表の為末大さんは12日、ツイッターで、日本のバラエティ番組について言及した。

「バラエティ番組が残した日本にとって最も大きな弊害は、一生懸命取り組む人を笑うという仕組みを子供の集団に植え付けたことではないだろうか」

ある人を揶揄する人物が現れると、周りも便乗していく様子は度々見られる。為末さんは「さむいという言葉が子供たちに冷笑文化を広げ、エリートのたまごに力をセーブさせたと思う。一番能力が伸びる時に、人間関係に絡みとられ、伸びきれなかった」と説明する。

「日本のテレビは即興劇。その人ではなく役割が必要」「文脈依存の社会」

為末さんは今月8日にもツイッターに、日本のテレビに対する見解を述べている。著名な外国人が日本のテレビに出ると「ぽかんとしたようななんだかよくわからない表情でいる」のは、「日本のテレビがあまりに文脈依存的だからではないか」と指摘。一方、日本人が外国でのコミュニケーションに戸惑うのは「文脈にあまり依存しないコミュニケーションに慣れていないからではないか」と仮説を投げかける。

「文脈依存的な人は英語が苦手というよりも、振る舞いが苦手だと思う。文脈を共有していない相手とどうコミュニケーションをとっていいかわからない」
「文脈依存の社会では、状況に応じて役割が変わる演劇のようだ。だれがボスかを理解し、ヒエラルキーを理解し、自分の役割をわきまえ、できない人間はのりが悪いと思われる。一方日本においてのりがいい人間は、状況しだいで自分がころころ変わる人間で、自分がないとも言える」

こうした"文脈依存"型のコミュニケーションに着目し、「日本のテレビは即興劇を書いている。だから人それぞれに役割が必要になる。その人ではなく役割が必要」とコメントしていた。

「演者はうまく演じられるかどうかが問われている。即興劇のスキルが高い人が生き残り、そうでない人は降りていく。時代に合ううちはいいが、ずれ始めると身内だけで盛り上がる劇の様相を呈していく」

バラエティ番組の中では、いじられる=注目されるという風潮がある。それをありがたがる人もいるだろう。しかし現代社会では、その「身内ノリ」は歓迎されない文化が出来上がりつつあるようだ。