【世界から】「財布がいらない」社会となった中国 その実態は

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新鮮な海産物が並ぶ市場内の店。当たり前のように支払い用のQRコードがある(撮影=伊勢本ゆかり)

 今年10月に予定されている消費税率10%への引き上げに伴い、キャッシュレス化推進に転じた日本政府。現在は全体の2割ほどにとどまっているキャッシュレス決済を2027年にはほぼ倍となる4割程度まで引き上げることを目標としている。一方、中国では「キャッシュレス化の波」という段階はとっくに過ぎ去り、都市部ではすでに「キャッシュレスで全てが事足りる生活」となっている。

 少なくない日本人が中国に対する古いイメージを引きずっているからだろう。「中国」と「キャッシュレス」が、にわかに結びつかない読者もいるに違いない。ところが、中国の決済(支払い)に関する現状は日本のはるか先を行く、驚くべき進化を遂げている。

▼スマホがあれば十分

 このことは、「近年、中国では財布を新調する人はいないのが常識」という言葉に良く現れている。これはあながち大げさな話ではない。実際のところ、財布を持っていなくても全く困ることなく一日過ごすことは十分可能だからだ。

 始まりは、日本の店頭でもそのマークを良く見かける「銀聯(ぎんれん)カード」だった。これは、銀行口座から即時引き落としとなるデビットカードだ。銀行口座開設の際に発行されるので、特別な手続きは不要。「銀聯」は2002年に中国政府の主導で同国内の銀行が連合して結成した組織。国策なだけに瞬く間に市民に浸透した。暗証番号と署名の両方が必要だが、支払いと同時に銀行口座から引き落とされる方式は日本のデビットカードと同じだ。消費者と商店双方に手数料がかからない上に、額の多寡は関係なく利用できるため中国ではほとんどの商店で銀聯カードが使用できるほど普及している。

 その後、銀聯カードは中国国外でも使えるようになるまで利便性が高まった。ここで、さらに一歩進んだ決済システムが誕生することになる。スマートフォンなどによる「モバイルペイメント」だ。これは、携帯電話の番号と、銀行口座をひもづけしてデビットカードの機能をスマホに委譲したもの。また、銀行口座にひもづけしなくてもスマホ上に直接お金をためるプリペイド機能がある他、家族や友人からの送金だけでもやりくりが出来る。何より、残高以上の支払いは出来ないので子供や高齢者にも安心だ。財布でかさばっていたポイントカードもアプリに登録が可能で、割り勘機能や飲食店の割引券もモバイルペイメントに付いているので財布の出番は本当に無い。

 これだけの機能が整っていたとしても、日本ではまだ現金払いを好む人が多いと想像するが、中国では現金による決済では事が進まなくなりつつある。スマホさえあれば外出時でも全く不自由を感じないが、スマホを家に置いたままで外出してしまったら一転する。恐ろしく不便なだけでなく、さまざまに不利益を被ることになってしまうのだ。

パンなどを扱う店にも当然のようにQRコードが貼られている(撮影=伊勢本ゆかり)

▼恩恵は在住外国人にも

 まず、移動に難儀する。配車アプリが市場を席巻した影響で流しのタクシーがめっきり減ってしまった北京ではタクシーに乗ることもままならない。市民権を得たといっていいほど普及したシェア自転車も利用できない。スマホのアプリでコードを読み取り、鍵を解除する必要があるのだ。

 運良く、ポケットに現金があったとしても、救いにはならないかもしれない。バスはお釣りが出ない仕様になってしまっているので、運賃ぴったりの小銭を求められる。レストランではモバイルペイメントの代名詞といえる「スマホ決済」に付随する割引の特典が使えず、損した気分になってしまうだろう。加えて、不愉快な思いをする恐れすらある。偽札のリスクなどがあるため現金で支払おうとすると、店やタクシーの運転手からあからさまに嫌な顔をされるのがおちだからだ。

 この〝スマホ生活〟の一番恩恵を受けているのは在住外国人だ。中国語が自由に話せなくても、配車アプリで目的地を入力すれば運転手への説明は不要。加えて、支払いはスマホに連結した口座から自動で引き落とされるので、降り際に「謝謝」の一言さえ言えれば十分だ。レストランやマッサージ、美容院、映画館の予約も全てスマホで済ますことができる。今どき店舗に電話をかけてもつながらないか、言葉のハードルが高くて話が通じないリスクも高いが、そんな心配をする必要はもうない。

 外出先で慣れない中国語に苦戦することなく、自宅でネットショッピングや出前、スーパーの配達を始めとするほとんどのことがスマホの操作だけで事足りる。だから、操作を始めとするサービスが簡潔、そして便利になればなるほど、在住外国人の消費活動はより積極的になっていく。その一方でどうしてもうせがちになるのが、中国語を学ぼうとする意欲。それでも、言葉が話せなくても一向に困らないのだから、それも仕方が無いのだろう。何せ、市場や露店での支払いまでもがスマホ決済が主流になっているのだから。地下鉄を渡り歩く物乞いにも「小銭がない」という言い訳はもはや通用しない。彼らでさえも送金用QRコードを持っているのだ。逆に小銭の現金を渡したら、使う際に困るのではないかとさえ思えてくる。

▼心配なことも

 このように書くと、キャッシュレス社会は「良いことずくめ」のように思えるだろう。ただし、この国ならではの心配事もある。それは、使用履歴を始めとする個人データの行方だ。

 数日前にある商品を検索しただけなのにその商品の類似品広告が次々と送られてくる。タクシーに乗ると、自分が入力するより前に目的地が表示される。好みのレストランやひいきにしている出前の店は、アプリを立ち上げただけで表示されるといった具合で、こちらの生活パターンをすっかり読まれている。隠し事などなくても誰かに監視され、スマホに生活を左右されている事実に気づかされると、やはり気味が悪い。

 国民13億人余りのビッグデータと、在住外国人の一挙手一投足がリアルタイムで吸い上げられている国。人々の生活が格段に便利になった裏側で、政府もしっかりと手綱を握っているのは間違いない。(伊勢本ゆかり=共同通信特約ジャーナリスト)

こちらのコーヒーショップは、スマホ以外での注文・支払いは受け付けていない。それでも、中国国内で飛躍的に店舗数を伸ばしているというのだから「スマホ決済」がいかに普及しているかが分かる(撮影=伊勢本ゆかり)