築32年断熱リノベ、札幌の冬も快適に あんどうりす×暮らしかた冒険家・伊藤菜衣子

アウトドア防災ガイド・あんどうりすさん(左)と暮らしかた冒険家・伊藤菜衣子さん

人口減少や都市圏への人口集中により、全国で増え続ける空き家。「古い家は冬寒い」と現代の住まい手からは敬遠されることが多いなか、「暮らしかた冒険家」の伊藤菜衣子さんは、北海道札幌市にある築32年のご実家を「断熱リノベーション」することで、現代の平均的な新築住宅を上回る高い断熱性をもつ住宅に蘇らせた。2016年9月の入居から3回目の冬。当サイト連載でお馴染みのアウトドア防災ガイド・あんどうりすさんとともに札幌市の伊藤さん邸を訪ねた。

古民家からエコハウスへの再移住

あんどう(以下あ): 札幌市の(2018年)11月30日午後2時過ぎ。外の気温はほぼ0℃と冷たいですが、このリビングは驚くほど暖かいですね。

伊藤(以下伊): いま室温が21.7℃。リビング南側窓が21.3℃です。このまま日が暮れても、窓際のテーブルで過ごしても冷気を感じません。冬の室内で「寒さ」という不快感を持つことが極端に減っていく、という感覚です。

断熱性が高いので、冬は常時8畳用のエアコンを弱モードで運転させながら、冷え込む朝晩に薪ストーブで薪5~7本くらい入れて1時間ほど暖めています。それでも電気代は真冬の1月でエアコンと他の家電・照明をあわせても1万5000円ぐらい。冬の北海道で8畳用エアコン1台であたたまる家ってすごいな、と改めて思います。

外気0℃前後と冷え込む11月末の札幌市内。伊藤さん邸のリビング南面窓は21.9℃

 

あ:2011年3月は東京で暮らされていたんですよね。

伊:そうですね。東日本大震災をきっかけに、それまで何不自由なく暮らすことに違和感を持つようになり、自分の暮らしがどう成り立っているのかをゼロから確かめたくて、熊本に引っ越しました。

熊本では築100年を超える、廃墟のような古民家を借りて、DIYでリノベーションして暮らしました。冬の暖房は薪ストーブ1台のみ。これが想像を超える寒さでした。どれだけ節約しても1日50本分くらいの薪を使っているのに、暖まるのは(ストーブに近い)背中だけで、室内が全然暖まらない。「もったいないから暖房は最小限に」と、「毎日我慢して生活したくない」という想いがいつも対立していました。

熊本の古民家があまりに寒かったので、次第に「冬暖かい家」にアンテナが張り巡らされるようになったんですね。そうしたら、フェイスブックで知り合いの建築家で東北芸術工科大学教授でもある竹内昌義さんが手がけた「山形エコハウス」という高断熱高気密のモデルハウスがあって、それがすごいらしいということを知りました。実際に見せてもらいに行って感動したことが、現在の家づくりの始まりです。当日はこのモデルハウスとともに、同等性能で建てられた住宅など4軒を実際に見学させてもらいました。

山形では体感したエコハウスの心地よさに驚くとともに、この家の薪の消費量が、当時熊本の古民家の3分の1だったことが衝撃でした。そして実際にエコハウスに暮らす奥さんが何とも穏やかだったことも、当時の私に強烈な印象に残りましたね。

熊本の古民家で使っていた薪ストーブを札幌の自宅でも愛用。薪の使用量は当時の3分の1で家全体が暖まる

東日本大震災直後の数日間、山形エコハウスに皆が集まってコーヒーをいれているだけで、暖房がなくても十分暖かく過ごせたということも聞きました。3月といえばまだ外は雪が降って、毎朝布団から出られない季節。災害時にそんなに優雅に過ごせる。

防災は100%あるかわからないことに対する備えだから、そのために日常を犠牲にできない、というのも確かです。でも山形のエコハウスでは、それを何の無理もせず日常と災害時に同時にメリットをもたらしてくれる。このことにすごく可能性を感じ、私は「エコハウスしかない」と確信するようになったのです。
 

断熱リノベーションを施した伊藤さん邸(札幌市にて)

断熱リノベーションの実際

あ:親の世代から家を引き継いだけれど、冬寒くて自分では住めない、という人も多いと思います。築30年を超える家がこんなに暖かくなるなら、私もやってみたいです。実際に断熱化するにはどうすればよいのでしょう。DIYでもできますか?

伊:この家の内装はすべてDIYで施工しています。断熱もDIYでするつもりだったんですが、DIYにかかるコストと手間のバランスを見ながら、大掛かりな工事は地元の工務店さんに依頼しています。

例えば外壁に断熱材を貼るには、大量の材料調達・足場組み・解体・施工とすごく手間がかかる。とくに断熱ボードはホームセンターで買うより工務店さんが仕入れるほうが圧倒的に安く、その差額で工事費を賄えてしまうくらいだったので、一式で工務店さんに発注しました。このほか、屋根裏・床の付加断熱、窓・玄関ドアの交換、機械換気システムの設置などを工務店さんに依頼しています。

窓は高性能な3層ガラスの樹脂窓、さらにカーテンより断熱性が高い「ハニカムサーモスクリーン」を設置しています。機械換気システムは、暖かい室温を逃さずに外の新鮮空気を入れ替えられるもので、高断熱住宅には欠かせないものです。

窓にはカーテンより断熱性の高い「サーモスクリーン」を使用

工事を始めてから完了まで約2カ月弱。最終的にかかった費用は、税込みで680万円です。

唯一、DIYでやった断熱工事がキッチンの床です。コンクリートあらわしの床にキャンプ用の銀マットを敷いて、その上にラグを敷くだけ。簡単ですが結構効果があるんです。いまお住まいの自宅でも簡単にでき、「断熱」がどれだけ暮らしを快適にできるかを一番分かりやすく体感できます。

あ:アウトドア用品が活躍してますね。

伊:そうなんです。アウトドア用の道具は、家よりも厳しい環境でハイスペックな居住性を求めるために、素材・機能が厳選されている。だからツールとしても転用しやすいものが多い。またそういう道具を使いこなしているユーザーは、仕組みを理解しているので、住まいへの応用力が素晴らしいですね。

 

 

冬暖かい家が暮らしの質を変える

あ:2016年9月に熊本から北海道に引っ越され、3回目の冬を迎えています。これまで住まわれていかがですか?

伊:そうですね。まず暑さ寒さの不快がなくなることもあるのですが、それだけでなく時間の使い方がどんどん変わっていくのを実感しています。とくに私の場合、小さい子供を持つ親にとって子育ての負担が減ることが大きいですね。

例えば、子供が寝ている間に掛け布団を蹴ってしまうのを、風邪をひかないように、夜中に起きて掛け直す。それまで親として当然のようにやっていた手間が、この家では一切必要なくなりました。

それから子供って、ぐずってどうしても着替えが進まないことがありますよね。普通なら2~3分ぐらいで済むものが、20分ぐらいかかる。今までだったら「早く着替えてよ。風邪引くよ」と怒っちゃうわけですけど、親子で過ごす貴重な時間を怒りで埋め尽くしちゃうって、もったいないじゃないですか(笑)。

そんなとき、もし着てなくても「まあいいや」と思える。子供の世話で「最低限しなければならないこと」がどんどん減っていく。これは子育て期の親にとってものすごく楽になれることです。

あ:よくわかります。

伊:あとは3年生活して改めて実感したのは、収納場所に余裕がもてることです。冬の掛毛布・敷毛布、カーペット、室内着、小さな採暖器具、など冬の防寒対策品って結構たくさん持っていたんですが、これらはすべて不要になります。また収納場所だけでなく、これらを買う費用、買い物にかかる手間、洗濯・掃除、買い替えまで。家の断熱によって、こうした煩わしさから開放されるのは、気持ちがよいものです。

それから、最近私のまわりでは、美容業界の方がとても関心を持ってくれているんです。きっかけはメークアップアーティストの友人が仕事ついでに自宅に遊びにきてくれたときのこと。彼女はもともと基礎体温を高めることが美容や健康に良い影響及ぼすことに関心を持っていて。体温を上げるためにこれまで漢方やハーブやマッサージなどあらゆるものを試してきたそうです。

右フリップ

私が断熱リノベした自宅に住み始めて「引っ越してから、肌の血行がよくなり、乾燥もしにくい。肌ツヤが良くなった気がする」という話をしたら、「私その家に住む!」と。いまではその友人が自分のお客さんに仕事と同じぐらいの熱量でエコハウスの良さを語ってくれていて。きれいなお姉さんが、前のめりになって聞いてくれます。

これまでエコハウスといえば、省エネ、環境、防災、エネルギーなどの切り口で紹介されていて、関心を持つのは割と男性が多かったと思うんですが。いまでは美容という切り口で、この家に興味を持つ人の幅が一気に広がっていくのを感じます。

 

最も効率の良い投資、衣服と住宅の共通点

あ:「これからのリノベーション 断熱・気密編」のなかで、伊藤さんのインタビュー記事を読みました。そのなかで伊藤さんが「住宅にとって断熱とは、メリノウールのインナーのようなもの」と話されていて、非常に腑に落ちました。

メリノウールとは、非常に繊維の細い高級な天然羊毛です。この素材でつくられたインナーは、綿や化繊のインナーと比べると高価ですが、非常に暖かく、一度買えば10年ぐらいもつ。冬の防寒着をたくさん持たなくていいので、服に掛けるお金も、収納場所も少なくできます。これまでの冬の服装選びを大きく変えてくれるアイテムです。自分の家にそんなメリノウールのようなものを着せることができたら、暮らし方自体が変わっていくんだろうな、とワクワクしました。

メリノウール製のインナー。あんどうさんのオススメは「アイスブレーカー」というオーストラリアのメーカーのもの(画像提供:あんどうさん)

 

伊:そうなんです。

あ:どこにコストをかけるか。普段毎日使うものの選び方をちょっと意識するだけで、普段が快適で豊かになって、災害時にも役立つという好循環が生まれます。少しの知識があれば、日常の快適さと防災の備えを両立できる。これがメリノウールのような断熱の魅力です。

災害にも役立つ「断熱」の考え方

あ:私はアウトドア防災ガイドとして活動しています。私の役目は、アウトドアの知識を活かして、平時でも災害時でも使えるノウハウを提供することです。これまで大きなテーマとして冬暖かい服装選びを提案してきましたが、これは冬暖かい家づくりも提案できるのでは、と希望を持ちました。「断熱」というキーワードで2つは非常に共通しています。

防災の分野でも、「断熱」の効果をもっと災害現場で活かしていくべきだと思います。例えば、2018年夏の大阪北部地震や西日本豪雨での被災を教訓に、避難所に指定されている体育館でエアコン導入が進んでいるようです。でも考えてみれば、北海道胆振東部地震のように被災地で大規模停電が起きれば、エアコンはすぐに用をなさなくなってしまう。避難所にまず必要なものは、冷暖房設備よりも建物の断熱化です。

伊:たしかに体育館は天井が高く面積も大きい。そして、窓もあるけど日射取得しているイメージはないですよね。ここまでエアコン稼働に不利な体育館を避難所に使うのであれば、まず断熱にお金をかけるべきですね。

あ:住宅も同じなんです。平時に冬にできる限りエアコンに頼らない断熱性の高い家が普及していれば、災害時にも人が避難しあえる地域ができる。長野県では、環境配慮型住宅に対し、新築の場合は最大80万円、リフォームの場合は最大50万円の助成金を設けて、住まいの断熱化を推進しています。これは災害時にも役立つので私が今、注目している制度です。

■長野県「環境配慮型住宅助成金(リフォームタイプ)」の案内
https://www.pref.nagano.lg.jp/kenchiku/documents/reform_fix.pdf

2018年11月30日、札幌市の伊藤さん邸にて取材

賃貸住宅をDIY断熱化する

伊:「これからのリノベーション 断熱・気密編」は、地方の空き家リノベーションや古民家再生を想定してつくったのですが、読者からは「賃貸でも断熱できますか?」という問い合わせがかなり多かったんです。改めて、こんなに多くの人が賃貸暮らしに不満を持っていることが改めて分かりました。みんな寒さに悩んでます。

あ:私もいまは賃貸ですが、将来は新築もしくは、実家をリフォームして住む可能性もある。同じ事情で賃貸のまま暮らしている人もけっこう多いと思います。賃貸だと、原状回復義務があると建物を断熱化しようという発想に至らない。結局寒い家に住んでいても我慢してしまうんですよね。

イギリス保健省では「室温が18℃未満になる住空間は健康を害する」として、賃貸住宅には解体命令も出るそうです。これからは賃貸物件も余ってくる時代なので、世の中の大家さん全員に「内窓」(うちまど:窓の断熱性を高めるため、室内側から後付けする窓)を取り付けてほしいですね。

伊:賃貸物件で暮らすことは、ほとんどの場合がキャンプ状態です(笑)。こうした現状では、住まい手自身が必要なものを持ち運んで快適な環境を作る、というアウトドア的発想も必要だと思うんですよ。

何かいい方法はないか。最近すごく考えているんですけど。例えばいまDIY賃貸で、壁に傷をつけずに壁面装飾ができる「ディアウォール」(若井産業(株))というツールが人気です。こうした発想で、壁に傷をつけずに断熱材を固定したり、内窓を取り付けられたらよい。こうしたパーツをオンラインで簡単にオーダーできないか、と断熱材・窓のメーカーさんに提案しているところです。 

あ:すごくいいですね。現状では災害が起きたあとの復旧・復興に大量の予算をつけていますが、それよりも圧倒的に少ない投資で事前予防をすることで、災害も日常の暮らしも快適になる。防災の観点でも「住まいの断熱」という手段をもっと知ってもらいたいですね。

思想よりも技術が社会を変える

伊:札幌市に築40年の北海道名誉教授・荒谷登さんの旧自邸があります。見学に行ったのですが、温熱や湿度、結露水など環境をコントロールするために、とても緻密な設計やおさまりがあり、試行錯誤をしている。現在のエコハウスと対比すると、40年という時間軸で住宅がここまで進歩している、とそのスピードを実感できます。それは住まい手にとって希望の持てることです。

あ:かつて「電気のない暮らし」というと、原始時代に戻るイメージがありました。でもいま最新のアウトドア道具を駆使すれば、電気が不要な道具があったり、山奥でもソーラー発電や蓄電バッテリーで電気を自給できたりと、かなり快適な生活ができます。技術はどんどん進歩していますね。

伊:先日、音楽プロデューサーの小林武さんとお会いする機会がありました。小林さんは15年前から環境やエネルギーの活動をされていますが、東日本大震災後は「社会は何にも変わらないや」という失望があったそうです。でもここ数年でエネルギーに関する技術がものすごく進歩して、選択肢が増えている。おそらく世の中は、思想が広まるよりもっと早く劇的に、技術の進歩によって変わっていく。そのことに希望を持たれていました。

あ:私達もその進歩をうまく使いこなして、暮らしを豊かにしていきたいですね。本日はどうもありがとうございました。

■関連記事「自宅を防災仕様にすれば、お肌ぷるぷる!?」
http://www.risktaisaku.com/articles/-/14528

http://www.risktaisaku.com/articles/-/14528(了)

 

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