<隠れた名盤> 中村中『るつぼ』 たくらむような歌声と、淡々とした歌声の使い分けが見事

中村中『るつぼ』

 約3年ぶりとなるオリジナル。毎回、天地左右を覆した装丁の歌詞カードやジャケットに、自分の“常識”を試されているようだ。

 全10曲は、現代社会の問題点をえぐり取った作品が並ぶ。しかも、中村の場合は浮遊感の漂うポップスやトロピカルなハウス風などサウンド面もかなり多彩。それらにより歌詞の内容を時に現代風に、時に皮肉めいて演出するのが上手い。

 例えば、多重コーラスをかき分けるように歌う『羊の群れ』は、社会の歯車の中で洗脳されまいと抗うようだし、打ち込み音のなか静かに楽し気に歌う『箱庭』は、むごい現実を逃避してネット上の英雄となる“僕”の恍惚が伝わる。

 出色は、「誰かの弱みで腹を膨らます」ネット社会の闇を痛烈に表現した『蜘蛛の巣』だろうか。たくらむような歌声と、冷酷な世情を淡々と歌う声の使い分けも見事。70~80年代の中島みゆきを想起させる。

 他にも、帰る場所を愛おしく思うフォーク系の『たびびと』や、旅立ちを鼓舞するギターロックの『孤独を歩こう』なども魂を感じる。本作を聴けば、生ぬるい「いいね!」よりも、本気で叱ってくれる友達の有難さが身に沁みるはず。

(テイチク・通常盤3000円+税)=臼井孝

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