「サッカーコラム」VARが奪った物とは 日本はアジア杯での経験を生かすべきだ

日本―カタール 後半、自陣ゴール前で競り合う吉田(上右)。VARでハンドの判定=アブダビ(AP=共同)

 より正確性を期すために良かれと思って導入した新システム。ところが、結果としてはダブルスタンダードを招いてしまった―。アラブ首長国連邦(UAE)で開催されたアジア・カップは、そんな大会だったのではないだろうか。大会の基準が変わったのは準々決勝から。ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が採用されたことで、以降の決勝戦までの全7試合と、それ以前の試合との判定基準が変わってしまった。

 Jリーグ開幕を直前に、アジア杯はもう過去の話となっているかもしれない。だが、現地に行っていた仲間と開いた遅めの新年会での話題は、どうしてもカタールとの決勝戦の反省会になってしまう。ほとんどの友人たちは、後半24分に南野拓実が1―2とするゴールを奪った時点で、日本が同点に追いつけると思ったようだ。事実、その後の日本は前半の不出来がうそのようにカタールを圧倒していた。それゆえ、同点に追いつくのは時間の問題のように思われた。

 追撃のムードを一瞬にして断ち切ったのは、後半35分。キャプテン・吉田麻也のプレーに対する判定だった。カタールの右CKの場面でハサンの放ったヘディングシュートが、競り合った吉田の左腕に当たってボールの軌道が変わった。

 もちろん吉田のハンドは故意ではない。1メートルの距離からのシュートを意識的に手で防げる反応力があるなら、GKをやったほうがいい。焦点は、ウズベキスタン主審のイルマトフがどういう判定を下すかにあった。

 日本サッカー協会が定めた20189/19年の競技規則は「ボールを手または腕で扱う」―いわゆる、ハンド―について、次のように規定している。

競技者が手または腕を用いて意図的にボールを触れる行為はボールを手で扱う反則である。

次のことを考慮しなければならない。

・ボール方向の手や腕の動き(ボールが手や腕の方向に動いているのではなく)

・相手競技者とボールの距離(予期していないボール)

・手や腕の位置だけで、反則とはみなさない。

 ここで重要となるのは「意図的に」という言葉だ。審判がこのことを判断する際に、選手の意図がどこにあったのかはまったく考慮されない。直前のプレーで起きた“事実”によってのみ判断される。明らかにゴールになりそうにもかかわらず、ハンドが原因で得点とならなかったら、意図に関係なくPKを取られるのが普通だ。ただ、カタール戦の吉田のようなハンドだったら、これまでは主審の解釈の仕方によっては流されていた可能性もあった。

 ところが、VARの導入が主審の裁量を奪ってしまった。グレーゾーンに関する「遊び」ともいえる部分がなくなってしまったのだ。VARで映像確認を担当している部屋からピッチの主審に連絡が入り、主審が映像を確認しにいったならボールが手や腕に当たっていた場合はハンドの判定を下すしかない。ペナルティーエリア内ならPKだ。

 吉田の場面もそうだが、あれを主審のVAR確認と同時に観客やテレビ視聴者に向けて映像で流されたら、「ボールは手に当たっていたが故意ではない」という判定を下せるレフェリーは多くはない。日本ならまだしも、結果によって身の危険がある海外のレフェリーは、安全策を選ぶだろう。当然のようにPKを選択することになる。

 それゆえ、VARが導入されている試合に出場する選手は「これまでとは全く違うルール、そして基準で判定が下されることがある」と認識してプレーしなければいけない。設備の問題もあるので、主審が日常的にVAR導入の試合で笛を吹けるわけではない。主審も人の子、便利で珍しいものは使ってみたいのは当然だ。

 他人では気づかないような一瞬のプレーでも、手にボールが当たった選手は自分自身が一番分かっている。そこでVARの確認が行われるようなら、ほぼ間違いなくPKの判定が下る。カタール戦の日本はこのPKによって3点目を失った。結果、反撃に向けた勢いを完全に消されてしまった。今回のアジア杯で優勝を逃した日本は高すぎる授業料を払うことになった。だが、VARで下される判定の傾向を身に染みて学んだのだから、これを生かさない手はない。それには、日本サッカー界全体で正しい対策を導き出し、それに沿って実践を積み重ねていくことが求められる。受験勉強と同じだ。

 ワールドカップ(W杯)ロシア大会で導入されたVAR。現在はイタリアやスペイン、ドイツ、フランスの国内リーグでも導入され、2019―2020シーズンにはイングランドもこれに倣う。欧州五大リーグがすべて導入することになる。

 だからではないだろうが、レフェリーのVARの使い方もスマートだ。先日、試合を見ていたら、VARの確認を促す相手チームに対して、主審は笑いながらそれを受け流していた。おそらく確認に応じれば、それは意図しないハンドでもPKを取らざるを得ない事態に陥るのが分かっていたのだろう。同時に自分の判断を信じるプライドも含まれていたはずだ。その意味で「アジア最高のレフェリー」と評されるイルマトフは、まだ新しい“玩具で遊び足らなかったみたい”だ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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