世界一寒い村に行ってみた 氷点下59度、オイミャコン

熱湯をまくと一瞬で凍った=1月、ロシア・オイミャコン(共同)

 「世界一寒い村」とされるロシア極東サハ共和国・オイミャコンを1月中旬に訪れた。この時期は、年間で最も気温が下がり、滞在中の最低気温は氷点下59度。極東ウラジオストクで暮らし、氷点下30度までは体験したことがある記者にとっても異次元の寒さだった。
(共同通信=飯沼賢一)

 ▽川が車道に

 共和国首都のヤクーツクから四輪駆動車で約900キロ先のオイミャコンを目指す。近郊を流れるレナ川は凍結して冬場は車道になる。片側2車線を大型トラックが行き交い、道路標識まであった。取材に同行してくれた運転手のマキシムさんによると、4月までは通行できるという。

 川を渡り、オホーツク海に面する極東マガダンまで通じるコリマ街道を東へ。ソ連の指導者スターリン時代の政治犯が建設に関わった通称「骨の道」。収容所に送られ、強制労働で多くが亡くなったことに由来する。

ロシア・ヤクーツク近郊で凍結した川の上を通る車=1月(共同)

 ▽世界の尻

 「この先の未舗装路を4時間走る」。ヤクーツクから約750キロのキュベメで給油中、マキシムさんがつぶやいた。気温は既に氷点下50度。車外に出て5分で、ニット帽からはみだした前髪とまつげが真っ白になった。

 針葉樹林帯を切り開いた一本道は車通りもなく、携帯電話も通じない。「世界の果てだね」と問いかけると「『世界の尻』かな。神がしりもちをついたようなくぼみにオイミャコンはある」とマキシムさん。2千メートル級の山に囲まれた盆地に位置し、北極圏で発生した寒気団が停滞するため気温が下がるというのが定説だ。すっかり日が暮れた午後4時、オイミャコンに着いた。温度計は氷点下59度を指していた。

ロシア・オイミャコン村。午後3時すぎにはうっすら暗くなる=1月(共同)

 ▽川魚、味はぶり

 村の宿泊施設は、昨年完成した2棟のログハウスのみ。この日は満室だったので民泊した。元教師で郷土史家のタマラ・ワシリエワさん(71)は20年近く訪問者を自宅に迎え入れている。同部屋だった地元テレビ局の記者と夕食を共にした。

 食卓には牛肉のスープに白身魚の塩漬けが並んだ。近くの川で網漁をしているそうだ。さいころ状の刺し身を半解凍のまま食べる。臭みはなく、味はぶりに近い。

 ▽寒さは誇り

 オイミャコンには水道がない。切り出した川の氷を溶かして使うのが一般的だ。トイレも屋外に穴があるだけ。小便は氷点下60度近くになると、一瞬でもやとなる。鼻の奥まで凍る感覚も初めてだった。ボトルの湯を上空にまくと、白い花火のようになり、パラパラと氷が落ちる音がした。

氷点下71.2度を記念するモニュメント=1月、ロシア・オイミャコン(共同)

 村には、1926年に観測した氷点下71・2度を記念するモニュメントが立つ。ただこの記録は非公式で、33年の氷点下67・7度が公認の最低気温。リリア・スタルコワ副村長は「今年は暖冬かと心配したが、やっと寒くなった。この気候は村の誇り」と胸を張った。

 ▽馬刺しとは違う

 村の主産業は畜産で、寒さに強いヤクート馬や牛を育てている。午前7時半、ビノクロワ・エブドキアさん(57)が牛舎を開けると、毛むくじゃらの牛がのそりと出てきて干し草をはんだ。10分で手先が動かなくなりシャッターが押せなくなった記者と違い、牛は食後に水を飲み周囲をぶらぶら。寒くないのだろうか。「別の品種を育てたこともあるが寒さに耐えられなかった」そうだ。

ロシア・オイミャコンで飼育されている牛=1月(共同)

 馬は放し飼いで、生後7カ月までに食肉となり、レバーは村の食生活で不足しがちな貴重なビタミン源となる。生肉をかみしめると、けもの臭さが広がった。馬刺しとは違いねっとりとした脂が舌に残る。好き嫌いが分かれるかもしれない。

 村の売店を訪れた。野菜や果物などは月に数回、ヤクーツクから運ばれる。板チョコは100ルーブル(約170円)でウラジオストクより2~3割高いが、村人は「昔と比べて買える物が増えて便利」と口をそろえる。最近の悩みは、かまどにくべるまきの値上がり。村周辺では良質なまきの確保が難しくなっており、遠方から運ぶため輸送費がかかる。ひと冬で6万ルーブルほどの出費になる。

ロシア・オイミャコンの売店で働く女性=1月(共同)

 ▽水温2度の〝温泉〟

 滞在2日目の夕方、川で沐浴するロシア正教の伝統行事があった。川には温泉がわき冬も凍らない。オイミャコンという名称も現地の言葉で「凍らない水」を意味する。記者も誘われたが、寒さへの恐怖から断った。氷点下55度まで冷え込む中、水温は2度。湯気のような蒸気が立ち上る川に飛び込んだ男性は「まるで温泉。感覚がおかしい」と絶叫していた。

ロシア・オイミャコンで民族衣装をまといロシア正教の伝統行事を営む村人=1月(共同)
氷点下55度まで気温が下がったロシア・オイミャコン村で沐浴する男性=1月(共同)

 翌日は、イタリアから来たパオロさん(50)がマラソンに挑戦した。標高が高いエクアドルなど極地でのレース経験があるというが、全身防寒着、顔をマスクで覆い走るのは初めて。スタート前「呼吸を整えるのが難しい。滑らないように一歩一歩集中しないといけない」と不安そうだった。

ロシア・オイミャコン近郊でマラソンに挑むパオロさん=1月(共同)

 日程の都合で最後まで見届けられなかったが、村役場に電話で問い合わせると「見事完走した。今夜はダンスパーティーだ」と興奮気味だった。極寒の中暮らすオイミャコンの人々は明るく、暖かい。ウラジオストクに戻る道中、沐浴におじけづいたことが急に恥ずかしく思えてきた。

氷点下53度の温度表示=1月、ロシア・オイミャコン(共同)

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