【Brain Police Road to 50th Anniversary PANTA(頭脳警察)暴走対談LOFT編】第5回 井上淳一(脚本家・映画監督)×山本直樹(漫画家)×伊東潤(小説家)-「時代の転換期と呼ばれる1969年を総括する」

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1969年は変革の年ではなく終息の年!?

──アポロ11号による人類初の月面有人着陸、東大安田講堂攻防戦で頂点に達した大学紛争、『ウッドストック・フェスティバル』の開催など、社会的にも文化的にも大きな転換期を迎えた1969年が今回のテーマなのですが……。

PANTA:無難では済まないテーマだね。本当は山本さんに「どこの女子校の制服が好き?」とか無関係な話を訊きたいんだけど(笑)。

──1969年といえば、PANTAさんは弱冠19歳でした。

PANTA:そう、頭脳警察を結成した年だね。

山本:僕は1960年生まれなので当時は9歳、小学4年生でした。

井上:僕は1965年生まれで4歳だったので、当時の記憶はほとんどありませんね。

──井上さんは『止められるか、俺たちを』(白石和彌監督)という1969年から1971年に至る若松プロダクションを舞台とした青春映画でシナリオを書かれていて、山本さんは『レッド』という連合赤軍およびその母体となった新左翼団体をモデルにした漫画を描かれていて、お二人とも60年代末から70年代初頭にかけて実在した物語をテーマに作品づくりをしたという共通項があります。あれから50年近く経った今、1969年がこうしてまた見直されているのが興味深いですね。

PANTA:俺はずっと1969年は変革の年だと思っていたんだけど、本当の意味で変革の年だったのは1967年だったんだよね。アメリカでサマー・オブ・ラブという社会現象が巻き起こり、ビートルズが『サージェント・ペパーズ』を発表してロックをアートの域まで高めた頃。1969年はむしろ終息の年だった。1月に安田講堂陥落、12月にはオルタモントの悲劇が起こっているし、この年に公開された『イージー・ライダー』でも主人公が最後に殺されてしまう。8月の『ウッドストック』は〈愛と平和と音楽の祭典〉なんて呼ばれたけど、ロックがメインの大規模な野外コンサートという意味では1967年に『モントレー・ポップ・フェスティバル』がすでに開催されている。そういうことをいろいろと考えると、俺には1969年が終息の年に思えてならないんだよね。

山本:たしかにそうかもしれませんね。僕の『レッド』は1969年から1972年までの話だけど、いろいろ調べてみると安田講堂落城で一区切りついた感があるし、『レッド』はその後の学生運動の話なんです。1970年3月によど号ハイジャック事件が起きて、1972年2月にあさま山荘事件が起きて。

井上:『止められるか、俺たちを』は1969年3月から1971年9月までの話で、門脇麦さんが演じた実在の助監督・吉積めぐみさんの目を通して、若松孝二監督や若松プロダクションの面々を描いた群像劇です。僕は当時を熱い時代だと当たり前のように思っていたんですが、取材を進めていくなかで若松プロOBのガイラさんこと小水一男さんが「当時は今とまったく同じ閉塞感に満ちた時代だった」と話してくれたんです。全共闘の敗北後、どう足掻いても、何も変わらないように思えた時代だったと。「ああ、今と変わらないんだ」と、そこで初めて脚本を書き出せたところがありますね。それと先日、テアトル新宿のトークショーで芸術家のクマさんこと篠原勝之さんと舞踏家の麿赤兒さんに登壇してもらったんですが、そこでクマさんが時代の閉塞感に関してすごく象徴的なことを話していたんです。「当時は肌に空気がピタッとまとわりついてきて、そのまとわりついた空気を貧乏ゆすりをしながら何とか払いのけて少しでも隙間をつくろうとしていた時代だった」と。だから当時だって決して熱い時代だったわけじゃなくて、現状を打開できずにもがき続けていた時代だったのかなと。

──この時代になぜ『止められるか、俺たちを』のような映画をつくろうと思い立ったんですか。

井上:1968年から50年が経って…とか言えればいいんですけど、たまたまだったんですよ。ご承知の通り、若松さんが6年前(2012年)にタクシーにはねられて不慮の死を遂げて、僕ら弟子たちと若松さんとの時間も中途半端なまま止まってしまった。それが、2年半前に若松さんの生誕80周年を記念した特集上映をポレポレ東中野でやった時に、僕らがレジェンドと呼んでいる若松プロの先輩方に集まってもらってトークをしたら、当時のエピソードがもう抱腹絶倒で、それを聞いた白石和彌が「あの時代の若松プロを映画にしたら面白いんじゃないか」「それを撮ることで、止まった時間がまた動き出すんじゃないか」と言い出して。ただし若松さんを主人公にしたらただの偉人伝になってしまうので、助監督だっためぐみさんを主人公にしようと。そうすることで、何者かになろうとして懸命にもがく若者たちの普遍的な青春映画になるはずだと。それから取材を始めて去年(2017年)の夏に撮影して、今年公開になった。だから偶然が重なっただけなんですよ。

──でも、時代に呼ばれた感じもありますよね。

井上:うーん、そう思いたいことは思いたいですけどねぇ。レジェンドたちの記憶も薄れていくだろうし、劇中に出てくるオバケこと秋山道男さんは今年の9月に亡くなってしまいましたし、もし撮影が1年遅れていたらこういう形では映画をつくれなかっただろうし、いろんな意味でこのタイミングしかなかったのかという気はします。

山本:僕も観に行かせてもらって、若松さん、足立正生さん、荒井晴彦さんといった会ったことのある人たちの若い頃の話だから自然と引き込まれて、とても面白かったですよ。

赤軍のメンバーも自分たちと同じ普通の人だった

──そもそも山本さんはなぜ『レッド』のような作品を描いてみようと思ったんですか。

山本:僕は政治の季節が完全に終わった頃に学生だったし、もともと政治とか社会的なことは一切興味がなかったんです。ただ、1995年に地下鉄サリン事件が起きて、事件に関与したオウム真理教の信者に対して「この人たちは一体何を考えているんだろう?」と思ったんですよ。時代背景は違うけど、彼らの姿が僕には学生運動をしていた若者たちと似たような感じに見えたんです。それ以降、いろんな学生運動の本、あさま山荘事件や三菱重工爆破事件に関与した人たちの手記を読んでみたらすごく面白くて、画が浮かんだんですね。これは漫画にしたら絶対に面白いだろうなと思って。面倒くさそうだから絶対に自分では描きたくなかったんですけど(笑)。政治的にも面倒くさいし、近過去の話だから当時の街並み、人の髪型や服装、車とかも全部違うので描くこと自体が大変だし。

PANTA:それなのに描くことになったのはどんな理由で?

山本:お酒の勢いで「じゃあ、やろうかな!」って(笑)。

井上:『イブニング』の編集の方から連載の話が来たと、どこかで読んだような気が。

山本:そうなんです。『のだめカンタービレ』の作者の二ノ宮知子さんが昔からの呑み仲間で、彼女が講談社漫画賞を受賞して、お祝いのパーティーへ行ったんですよ。そこで「賞を取ると、こういうパーティーができて楽しそうだなぁ…」とこぼしたら、以前から面識はあったけど仕事をしたことがなかった編集さんに「賞を取る漫画を描きましょうよ」と言われたんです。「エロじゃ無理でしょ?」と言ったら「エロじゃない漫画を描きましょうよ」と言われて。その時にエロじゃないネタがひとつだけあって、それが赤軍、あさま山荘だったわけです。

PANTA:なるほどね。立松和平さんが連合赤軍事件を描いた小説をベースにした、高橋伴明監督の『光の雨』という映画(2001年)が公開されて、伴明さんと俺が舞台でトークしたことがあってね。その時に客席から「連合赤軍はオウムとどこが違うんですか?」という質問が当然のように来てさ。その線引きについて山本さんはどう考えていますか?

山本:一緒の部分と違う部分がありますよね。閉じた集団がどんどんおかしなことになるという構造の部分は一緒だと思いますけど。

PANTA:共産主義という思想が世界をプロレタリアートとブルジョワジーに分けたでしょう。それが赤軍にとっては一筋の光に見えたんだろうし、その光がオウムの宗教にも同一化したところがあったんじゃないかと俺は思うんだよね。

山本:赤軍の時代ならベトナム戦争の激化、オウムの時代なら核戦争の危機という不安が背景としてありましたよね。赤軍とオウムには「ここで世界を何とかしなければ大変なことになる」という共通認識もあったでしょう。結果的に赤軍は革命に失敗して、世界を変革できないと感じた時に新宗教やオカルティズムにすがる方向に行ったんじゃないですかね。

PANTA:『レッド』で連赤を描きながら、彼らが何かにすがりたいんだと感じました? 俺には彼らがオウムとは違って、自分たちの目指す理念にひたすら突き進んでいったように思えるんだけど。

山本:そうですね。何かにすがる思いは赤軍にはなかったと思います。

PANTA:山本さんがすごいのは、革命を目指す若者たちを政治理念やイデオロギーではなく、俺たちと何ら変わらない、ごく普通の人間として描いているところなんだよね。

井上:そうなんですよね。総括と称したリンチをする側もされる側も我々と同じ、笑ったり泣いたり悩んだり苦しんだりお腹が減ったりする普通の人間だという。登場人物に最初から振られている番号は死ぬ順番なんですよね。あれで、今はこんなに仲がいいのに、ある日突然殺す側と殺される側に分かれてしまうんだとわかる。それがものすごく痛いし、その過程がものすごく怖い。自分ももしかして、と思わせる力があの番号にはある。あれはどうやって発想されたんですか?

山本:登場人物が多すぎて自分でも訳がわからなくなるから、せめて死ぬ人だけでも番号を振ろうと思って。それに最初から革命が失敗する結末はみんな知っているわけだし、最初から死ぬ人がわかっていたほうがサスペンスとして効果的だと考えたんです。

井上:なるほど。たとえば10番の安達幸一は実行部隊の幹部なのに、どこでどう間違って死ぬことになるんだ!? と思ったり。

山本:一番エラそうにしていたのにね(笑)。

井上:あと、舞台が山岳キャンプになって総括する場面で急にオカルトっぽくなりますよね。気絶して目覚めたら総括ができているから気絶させよう、みたいな。

山本:オカルトというか、精神論、根性論みたいになりますね。そこは森恒夫の性格もあると思うんですけど、禅問答と似たところがあるんです。「悟った!」という弟子に対して「お前の悟りは本当の悟りじゃない」とか言ってみたり。その辺は宗教と同じ構造なんですよね。あと、赤色軍に岩木泰広という男がいて、8人の殺害に関わって30年くらい塀の中にいた植垣康博さんがモデルなんですけど、その人が「俺は最初、クラスのコンパを仕切る幹事だったんだよ」と言ってたんですよ。幹事ができるなら全学共闘会議の代表で行ってきてよと言われて、いつの間にか指導部みたいなことをやらされて、赤軍派に指令を受けて「東京へ行ってくれ」と言われて行って、それが気がついたら山の中のアジトで人を殺していたと。つまり誰しもみな特殊な人ではない、最初は僕らと同じごく普通の人だったわけです。僕は『レッド』でそこを一番描きたかったんですよね。

上野勝輝の『世界革命戦争宣言』から受けた衝撃

──やはり重い話になりますね。女子校の制服の話をしたいくらいですけど(笑)。

山本:でも、植垣さんは山の中のアジトで女性のお尻を触って怒られてるんですよ(笑)。

井上:植垣さんの本を読むと、両サイドに永田洋子さんと大槻節子さんがいて、永田さんのお尻も触ったから自分は総括されずに済んだと語っているんですよ。大槻さんだけ触っていたら絶対に殺されていたって(笑)。笑っちゃいけないけど。人間ってそうだよなぁって。

──『レッド』は登場人物のキャラクターを執拗なまで緻密に描いているのも大きな特徴ですね。

山本:後半は山の中で凄まじいことになるし、前半はそのギャップとしてなるべく面白く楽しい物語にしたんです。そのほうが後半の陰湿な殺し合いが映えますからね。いろんな人の本を読んで、赤軍の面白いエピソードを全部省略せずに描き込んでいたらすごく時間がかかっちゃったんですよ。

PANTA:あの下調べは大変だっただろうね。

山本:でも楽しかったですよ。戦争帰りの親戚のおじさんの話を聞くような面白い話ばかりだったし、陰惨なことだけじゃなくアイロニーみたいなものもちゃんとあったりして。殺人指令を受ける直前にテントの中で女性とエッチなことをしていたり(笑)。でもそれが普通じゃないですか。ずっと深刻なままのわけがないし。

──2006年の連載開始から12年、今年(2018年)ついに『レッド最終章 あさま山荘の10日間』として完結しましたね。

山本:完全にやり尽くしました。あとは死ぬまでエロ漫画しか描きません(笑)。

PANTA:山本さんの次のテーマは三億円事件じゃないですか?(笑)

山本:勘弁してくださいよ。鈴木邦男さんには「次はオウムがテーマだね」なんて言われるし(笑)。

PANTA:『レッド』をアニメ化したいという話はないんですか?

山本:連ドラにしたいという頭のおかしな(褒め言葉)テレビ局の人はいましたね(笑)。

PANTA:連ドラ? 朝ドラとか?

井上:毎朝あの残酷なシーンを見るのはキツいなぁ(笑)。何年か前、フジテレビが連合赤軍のドラマを正月特番でやろうとして、永田洋子を大島優子がやる予定だったと。でも結局、会長が安倍と懇意で、NGを出してボツになったと。

──先ほど井上さんが「1969年は現代と似た閉塞感がある」と話していましたが、だとすれば赤軍と似た集団が現代に存在してもおかしくないとは言えませんか。

井上:だけど、現代はネットという発散できる場がありますからね。

山本:ネット右翼がまさにそんな感じになってますよね。

井上:実際にネット上で集団リンチしてますしね。話は変わりますが、若松プロの大先輩である足立正生さんと僕が日本映画大学でシナリオを教えたことがあるんですけど、その打ち合わせで足立さんに言われたんですよ。「結局、俺たちが教えられるのは、生徒のシナリオを読んで『面白くない』と書き直させることしかないよな?」って。「その通りです」と答えたんですけど、足立さんは「でも、シナリオが面白くないってことは、そいつの人生が面白くないってことじゃないか? そんなふうに生徒を全否定していいのか?」と言うんです。でも僕らだってそう教わってきたし、僕なんか足立さんにそうやって全否定されてきたわけですよ。ところが足立さんは「せっかく高い授業料を払って映画を学びに来るんだから、『表現することは面白い』ってことくらいは教えてやりたいよな」と言うんです。その言葉を聞いて、僕らにはものすごく厳しい足立さんも本当はすごく優しい人だったんだなと気づいたんです。ああ、この優しさが世の中で虐げられている人たち、足立さんの場合はパレスチナですが、それを見て見ぬふりできなかったのかと。だから、映画を捨て、日本赤軍に身を投じたのかと。それと同じように、『レッド』で同志を殺すような人たちも、感性が豊かで人一倍優しかったんじゃないかと思って。捨て猫にエサをやらざるを得ない感じで、ベトナム戦争のことを放っておくことができない。その優しさや想像力が結果的にあれだけ残虐な事件を引き起こしてしまったんじゃないのかなと。だけどネトウヨの連中は優しさや想像力とは逆の発想から生まれたと思うし、現代は不寛容のほうが力を持って、ある一定の受け皿になってしまうような気がします。

──PANTAさんは赤軍という存在にどんな思いを抱いていたんですか。

PANTA:通っていた大学が赤軍派だったし、自分の存在も非合法だったからね(笑)。『ヘアー』というミュージカルの日本版が渋谷の東横劇場で上演された1969年の12月に頭脳警察を結成したんだけど、最初の頭脳警察はオリエンタルを強調した普通のロック・バンドだったわけ。それがどうすれば欧米のロックに太刀打ちできるか? 歌詞はどんな言葉遣いをするべきか? と考えた時、「F**K」や「SHIT」に相当するような「馬鹿野郎」「ふざけるんじゃねえよ」といった言葉を当然使うべきだと思ったし、歌詞の内容も自ずと政治性を帯びていった。それはたまたま誘われて行ってみた学生集会で「こんな本が出たんだよ」と教えてもらった『世界革命戦争への飛翔』という本の存在が大きい。著者名が〈共産主義者同盟赤軍派〉と書かれたその本を横浜のルビコン書房で買って、家に帰って読んでさ。難しい言葉がズラッと並んでいてよくわからなかったんだけど、最後に載っていた上野勝輝の『世界革命戦争宣言』にはすさまじい衝撃を受けた。イデオロギーとしてというより、ヒューマニズムとしてね。「君達にベトナムの仲間を好き勝手に殺す権利があるのなら、我々にも君達を好き勝手に殺す権利がある」「君達にブラック・パンサーの同志を殺害し、ゲットーを戦車で押しつぶす権利があるのなら、我々にも、ニクソン、佐藤、キージンガー、ドゴールを殺し、ペンタゴン、防衛庁、警視庁、君達の家々を爆弾で爆破する権利がある」。これはつまり、やられたらやり返せということだよね。1968年から続いていた日本の学生たちのデモを見ていて、「革命」だの「戦争」だの、言ってることはたしかに勇ましいわけ。だけど本気で革命なり戦争をするなら武器は竹槍じゃないだろ? 銃や爆弾を使うのが筋だろ? と半分茶化すような気持ち、半分は本気でいたんだけど、そのうち赤軍派が明治公園で日本で初めて鉄パイプ爆弾を使用することになるんだよ。そうやって赤軍派がごく身近な存在になってきたけど、俺は個人的に連合赤軍に関しては全然受けつけなかったな。やることなすことすべてが中途半端に思えたし、「何やってんの?」って感じだった。

山本:当時の赤軍は森恒夫くらいしか残っていなくて、メインのリーダー格は刑務所に入った後ですよね。わりと残党的な感じというか。

PANTA:そうだね。本気で革命を起こすつもりなら、重信房子さんのようにアラブへ行って、パレスチナ解放人民戦線と共闘してやるだけのことをやるべきだと思った。そもそも頭脳警察はあさま山荘事件やテルアビブ空港乱射事件のおかげでアルバムが立て続きに発売禁止になったんだから、罵詈雑言しか出てこない(笑)。だから大学の赤軍の知り合いにも言ったことがあるんだよ。「こっちもレコードを出す都合があるんだから、何かやる時は事前に言ってくれなきゃ」って(笑)。

近過去の映画を製作する上での様々な制約

──連合赤軍といえば、若松プロには『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』という映画(2008年)がありましたね。PANTAさんはあの作品をどうご覧になったんですか。

PANTA:試写を観た後に若松さんに感想を求められて、「車が新しすぎるよ」とは話したね(笑)。

山本:そう、近過去の話はそういうところが難しいんです。

PANTA:ハマーとか今の車やワーゲンの新型が出てきちゃダメでしょう。若松さんは「細かいなぁ」とか言ってたけど、映画はディテールが大事なんだからさ(笑)。でもそういうところが若松さんらしいんだよね。

井上:あの人はディテールに神は宿らない人ですからね(笑)。

──『止められるか、俺たちを』でもそういったディテールには苦労されたんですか。

井上:冒頭から今の新宿駅を撮影していますけど、60年代、70年代の新宿を撮れる所はほとんどないですよ。まだ戦時中のほうが誤魔化しがきくんじゃないですかね。だから、開き直ろうぜと。若松さんはきっと平気でやるよと(笑)。あと、『止められるか、俺たちを』を観てくださったPANTAさんには「あの映画からは音楽が聴こえてこない」と言われましたけど、低予算の映画ではオリジナルの音楽を使えないんです。実際の吉積めぐみさんはいわゆるフーテンで、映画よりも音楽の話を好んでしたそうなんですが、ジャズ喫茶で流れてくる音楽も低予算映画では使えない。

PANTA:BGMとして使うのもダメなの?

井上:難しいですね。たとえば当時の雰囲気を伝えるために、ジャズ喫茶で「チャールズ・ミンガスの『直立猿人』が流れている」とシナリオには書きましたが、実際に流したら、当たり前ですがJASRACから莫大な使用料を取られます。

山本:マイルスとかミンガスとか、洋楽のジャズを使うのが一番大変みたいですね。

井上:たとえば角川映画の『悪霊島』(篠田正浩監督・1981年)にはビートルズの「レット・イット・ビー」と「ゲット・バック」が挿入歌として使われているけど、それだけで何千万円もしたと当時宣伝文句に使われていたくらいで。それだけ払ったにも関わらず、DVDになると別の歌手のカバーに変更されているんです。

──「ゲット・バック」はビリー・プレストン、「レット・イット・ビー」はレオ・セイヤーのカバーになっていますね。

井上:日活ロマンポルノの『母娘監禁・牝』という映画(1987年)はユーミンの「ひこうき雲」をモチーフにしているんですが、これも許可が下りずに別の人が唄ってるんです。

PANTA:そっちのほうが良かったりしてね(笑)。

井上:実際、音程はしっかりしてます(笑)。『止められるか、俺たちを』はあのキャスティングや美術や衣装からは想像できないくらい低予算で作ったんです。その予算が仮に十倍あったとしても、洋楽は使えなかったと思います。それくらい高い。

PANTA:要するに使うな、ってこと?

井上:JASRACが言っているのはそういうことだと思います。当時のヒット曲をバンバン流し、時代の色をちゃんと出すハリウッドが本当にうらやましい。街を撮影するのだって、当時はクーラーの室外機なんてないわけです。CG予算なんてないので、CGで消せないから、それを隠すのだけでも大変ですね。図書新聞の映画評では「あの時代のヒリヒリした空気がまったく伝わってこない」と書かれましたけど(笑)、本当にいろんな制約があって難しいんです。

山本:(しみじみと)実写は大変ですよねぇ……。

井上:『レッド』は『止められるか、俺たちを』と襖一枚隔てた同時代の物語だし、『レッド』のようにもっとあの時代の空気を想起させるようなエピソードをシナリオ上でしっかりと描くべきだったという反省はあります。

山本:いろいろとつながってますよね。『レッド』の天城のモデルだった遠山美枝子さんは『止められるか、俺たちを』にも一瞬出てくるし。

井上:遠山美枝子さんは『実録・連合赤軍』で坂井真紀さんが演じています。あれは若松史観というか、若松さんが実際に会った印象で、遠山さんは聖女として描かれていますが、『レッド』ではわりとエグいキャラクターですね。

山本:言いたいことをはっきりと言うし、自分の欲望には忠実ですね。

井上:そういう解釈の違いも面白いですよね。『実録・連合赤軍』に関して言うと、ラストに加藤三兄弟(能敬、倫教、元久)の一番下の子(元久)があさま山荘で「みんな勇気がなかった」と言うんです。それはとても感動的なシーンではあるんですけど、「勇気がなかった」の一言で片付けるのはあんまりだと僕は公開当時から感じていたし、連合赤軍を描くにはちょっと乱暴だったと思うんです。『レッド』を読み返してあらためてそう思ったんですが、山本さんはどうですか?

山本:僕は『レッド』で結論を出しませんでしたから。当時起こったことをそのまま描いただけなので。「勇気がなかった」の一言は、若松さんが映画を終わらせるためにまとめなきゃしょうがなかったのかな? とは思いましたけど。…そうだ、若松さんで思い出しましたけど、若松さんと足立さんが1970年にカンヌ映画祭に行った時、カンヌの浜辺の向こうからジョン・レノンとオノ・ヨーコが歩いてきたそうなんですよ。そこでビートルズのファンだっためぐみさんのためにサインをもらってきたんですよね。

井上:そうそう。足立さんが「キャー、ビートルズ! サインしてぇ!」とおどけてお願いしたと。

山本:そのサインを売れば映画を1本撮れたかもしれないのに(笑)。

井上:めぐみさんの葬儀の時に、棺にサインを入れて燃やしたらしいですね。あのサインはめぐみさんのものだからって。

──めぐみさんは実際に足立さんに恋い焦がれていたんですか。

井上:日本の映画界に撮影監督という概念を定着させた高間賢治さんがめぐみさんと付き合っていたんですが、めぐみさんの女友達に取材をしたら「実はめぐみはあっちゃん(足立のこと)に一番惚れてたのよね」と話してくれたんです。それを聞いた足立さんはまったく否定せず、「ま、そうかもな」と笑っていて。それで映画ではああいう描き方になったんです。

PANTA:さっき『止められるか、俺たちを』からは音楽が聴こえてこないという話が出たけど、実際に音楽が流れてる、流れてないってことじゃなくて、映像の中から音楽が聴こえてこないってことなわけ。昔から演劇をやっている奴は音楽を聴かないし、音楽をやっている奴は演劇を観ない。それと同じように映画人も音楽に疎いのが多いし、そういう人がつくる映画からは音楽が聴こえてこないんだよ。

山本:連合赤軍のメンバーも同時代の音楽を全然聴かなかったみたいですね。

PANTA:そう、頭脳警察なんて聴いたことがない人が多かった。

山本:僕はあの当時の音楽が大好きだし、『レッド』でもいろんな音楽ネタを載っけられるかなと楽しみだったんですが、せいぜい聴いていたのはサイモン&ガーファンクルくらいだったんですよね。僕は1972年に中学1年生で、吉田拓郎の「結婚しようよ」が大ヒットしていて、そこから芸能じゃない音楽の面白さに気づいたんです。その頃からすでに頭脳警察は伝説のバンドだったんですよ。なぜなら音が聴けないから(笑)。

PANTA:(井上に)すみません、「音楽が聴こえてこない」のは俺のほうでした(笑)。

公安の人間を見分ける方法

──実は今日はもうひとりゲストがいらっしゃいます。小説家の伊東潤さんです。

PANTA:友人である金属恵比寿が伊東さんの『武田家の滅亡』をアルバムにしたんだよ。そんな縁もあるのと、伊東さんの『ライト マイ ファイア』という小説がすごく面白くてさ。よど号事件の実行犯のなかにもし公安が紛れ込んでいたら…? という話で、今日のテーマに近いと思ったので壇上にあがってもらいました。

伊東:どうもありがとうございます。簡単に自己紹介しますと、僕がPANTAさんの大ファンになったのは1976年に横浜の野音でPANTA&セカンドを観て衝撃を受けたからなんです。黒づくめのPANTAさんが出てくるなり「屋根の上の猫」を突然唄い出して、その音がすごくでかかった。ロックってこんなにすごいものなのか! と思って、それから僕はロックに取り憑かれたんです。本来の目当てで大ファンだったスージー・クアトロは大したことがなかったんですけど(笑)。PANTAさんに紹介していただいた『ライト マイ ファイア』は、「よど号ハイジャック犯の中に公安がいたらどうなる?」という仮説を元に物語が展開していくミステリーなんです。よど号ハイジャック犯の中には岡本武や吉田金太郎といった不審な死を遂げたメンバーがいて、僕は彼らが公安だった可能性があると思っています。特に吉田は唯一大学生ではなく、中学を卒業して日立造船で工員として働いていました。犯人たちの中でも彼の過去だけよくわかっていないんです。そういう履歴の定かでない男を警察が作り、学生たちの中に紛れ込ませた可能性はゼロじゃないと思ったんです。

PANTA:よど号犯の中に公安がいるかもしれないという話は、どこからか聞いたんですか?

伊東:いえ、私の仮説です。『宿命─「よど号」亡命者たちの秘密工作』を書いた高沢皓司さんもそこまでは踏み込んでいませんでした。

PANTA:俺はてっきり伊東さんがそういう話を熟知して書き上げたんだと思ってた。吉田金太郎の父親は陸軍中野学校の教員だったし、スパイだった可能性は捨てきれないよね。

伊東:親子でやっていることは逆ですけどね。岡本武も妙な死に方なんですよ。夫婦揃って落盤事故で死んだなんて、あまりに不審すぎます。

山本:岡本さんは粛清されたんじゃないですか?

伊東:そうだと思いますよ。主体思想に反発したからでしょう。岡本は熊本高校で水泳に打ち込んでいて、東大闘争から学生運動に参加したんです。だからほぼノンポリなんですよ。

山本:新左翼の人たちは年をとると陰謀論好きになる人が多いから(笑)、連合赤軍のなかにも公安がいたなんて言う人もいますけど、公安の人は話をするとバレちゃうって言いますよね。

伊東:そうですね。このあいだ警察側の方と話をする機会があって、公安の実態は警察の内部でもわからないことが多く、わかっていても教えてくれないそうなんです。ただ、公安や潜入捜査官は微妙な目の動きでわかると聞きました。普通の人が横を見る時は顔ごと動くけど、そういった人は顔を動かさずに目だけ動かすそうなんです。ちなみに電車内で痴漢を取り締まる人もそういう目の動きをするそうです。

PANTA:昔、橋本治が中央公論新社の軽井沢の寮で缶詰めになって『窯変 源氏物語』を書いていた時に電話をくれてね。「雅楽の演奏って今で言えばライブじゃない? でも〈グルーヴ〉や〈エキサイト〉みたいな言葉が全然使えないんだよ」って言うわけ。作家はそういう横文字も全部日本語で表現しなくちゃいけないから大変だよね。

伊東:僕も宮廷音楽の演奏を書いたことがあるのでわかりますけど、あれもだんだんグルーヴしていくんですよ。音をどう文字で表現するかは我々にとって大きな課題で、文字の世界をいかにライブのように感じさせるかは、作家の腕の見せ所ですね。

PANTA:それは映画も同じだよね。画で音を表現できなきゃダメだし。

井上:おっしゃる通りです。音楽が聴こえてこない映画ばかりつくってすみません(笑)。

山本:漫画は音が出ないから逆にごまかしが効くところはありますね。

井上:『レッド』で森恒夫が「あんな唄い方じゃダメだからやめさせろ」と言う場面の歌の文字はヘナヘナしてましたよね。

山本:あれは僕の書く字がヘナヘナしてるからです(笑)。ちなみに森恒夫はトム・ジョーンズを聴いて踊ったりするような人だったんですよね。トム・ジョーンズはイギリスの労働者階級出身なんです。

自国の過去の暗部をエンターテイメントであぶり出す

PANTA:伊東さんは『レッド』でも描かれたあさま山荘事件をどう見てます?

伊東:僕は山本さんと同じ1960年生まれで当時は12歳だったので、リアルタイムではちゃんと理解できていませんでしたが、非常に陰惨な事件ですね。東大闘争の後、学生運動がとても悪い方向に向かってしまった印象があります。リーダーがあれだけ捕まってしまって、森恒夫や永田洋子といったリーダーの器じゃない人間がトップに立つと、こうして組織は瓦解していくんだなということがわかりました。

PANTA:リーダー不在の末路だね。伊東さんの『武士の碑』には西郷隆盛がどれだけ優れたリーダーだったのかが細密に描かれているよね。

伊東:西郷は何も言わずともその存在自体がリーダーなんです。黙ってそこにいるだけでリーダーシップを発揮して、下の人間たちが一糸乱れぬチームワークで力を発揮していく。それができた日本のリーダーは西郷だけですよ。織田信長ですら強制的に下の人間を動かしていたわけですし、西郷こそ本物のカリスマだと思います。

PANTA:『武士の碑』は西郷と大久保利通の後継者と目されていた村田新八の視点で真のリーダー像を描くところが秀逸で、その手法は『止められるか、俺たちを』にも通ずるよね。

井上:『止められるか、俺たちを』で言えば、まだ何者にもなっていない、がむしゃらに足掻いている若者たちから見た若松孝二というリーダーを描いています。若松さんを単なる英雄として描かず、普遍的な青春物語にしたかったので。エンターテイメントとは一番低い者の視点で描くものだと昔のシナリオライターも話していましたしね。

──さっきも話しましたが、分野は違えど、1960年から1965年に生まれたクリエイターの皆さんがこぞって60年代末期から70年代初頭の物語を近年立て続けに作品化しているのが面白いですよね。

井上:あさま山荘事件が起きたのは僕が6歳の時で、幼稚園の帰りのバスを降りたらそこにお迎えの母親がいなかったんですよ。仕方なく近所のおばさんに連れて帰ってもらったら、家にいた母親は鉄球があさま山荘を打ちつけているテレビをジッと見ていたんです。「ああごめん、忘れてた」って(笑)。だからあさま山荘と言うと、子ども第一だった母親が子どもを忘れるくらいの事件だったのかと。

──当時22歳だったPANTAさんと違って、みなさんはまだ幼かったから作品のテーマにしやすい部分もあるんでしょうか。

井上:だと思います。生々しい同時代の記憶として残っていたら作品にはできないでしょうね。1946年生まれの長谷川和彦さんが連合赤軍をずっと映画化しようとしていたのに結局やれず、いっときは加藤三兄弟が超能力者になる話にしようとしていましたよね。そういうやり方じゃないとできないんだと思います。どっかで突き放さないと。

山本:高橋伴明さんだって『光の雨』という小説のメタ構造にしたからこそ映画にできたわけですからね。

井上:若松さんが連合赤軍の映画を撮れたのは世代が上(1936年生まれ)だからなんですよ。それと、我々の世代がこういう作品をどんどんつくっていかないと、当時を知る人たちから話を聞くチャンスがそろそろなくなってしまうんです。だから僕は70年安保に限らず60年安保のことも描きたいし、製作費が許せば若松さんがやろうとしていた731部隊の映画もつくりたい。ただ今の時代って、何をつくっても届く人にしか届かないじゃないですか。でもたとえば山本さんがエロと政治を結びつけた漫画を発表したら、思わぬところまで反響があると思うんですよね。

山本:僕はもう政治的なことはツイッターでつぶやくことしかしません。

井上:その後の赤軍を描いてみる構想は……。

山本:ありません。

井上:山本さんの描く三億円事件、読みたいなぁ……。

山本:描きません!(笑) これまで12年間、違う会社に出向していたようなもので、出向先からやっと戻れて自分のデスクがあって良かったと安堵しているところなんですから。

PANTA:山本さんはもちろん、伊東さんにも三億円事件をテーマにした小説を書いてほしいな。

伊東:明治以降の近代史でも謎はすごく多いんですが、その謎を小説という形で次の世代に伝えていかなければならないと考えています。だからこれからもいろんな事件を掘り下げていきたいし、いま書いているのは1902年の八甲田山遭難事件なんです。高倉健さん主演の映画(森谷司郎監督『八甲田山』・1977年)は壮大なスケールで描かれたドラマですが、あれは要するに軍部による人体実験ですよ。日露戦争を目前にして、低体温症とはどれだけのものかを実験しているにすぎない。僕はそういう日本の暗部、政府や軍部が過去にどんなことをやってきたのかを告発していかなければならないと思っています。次回作は来年(2019年)3月発売の『真実の航跡』という作品ですが、この作品はB・C級戦犯問題についての物語です。戦犯問題というと冤罪に結び付けられがちですが、日本軍は実際にひどいことをやってきています。それも次の世代に伝えていかねばならないことのひとつです。

井上:伊東さんとは影響力が全然違いますけど、僕も同じ思いです。韓国は自国の黒歴史とエンターテイメントを通じて向き合っているのに、日本はひた隠すどころか修正することに躍起になっている。だから僕は自国の黒歴史を暴く映画を超低予算でつくっていくつもりです。

山本:低予算だけど、ちゃんとしたエンターテイメントの映画をね。

PANTA:いいね。それをちゃんとヒットさせようよ。

井上:そんな、何もヒットさせてないみたいに言わないでくださいよ(笑)。僕のことを「売れない映画監督」って紹介するのも勘弁してください(笑)。

PANTA:しょうがないよ、俺はスコセッシの映画にも出てるハリウッド・スターなんだから(笑)。

*本稿は2018年12月14日(金)にNAKED LOFTで開催された『ZK Monthly Talk Session「暴走対談LOFT編」VOL.4 〜1969 昨日、今日、明日…「止められるか、俺たちを」』を採録したものです。