ネット批判 桜田五輪相が答弁した「五輪憲章」…

IOC元副会長が語った明快さ

©株式会社全国新聞ネット

「ヤングチェンジメーカー・サミット」で参加者の若者たちと交流するIOCのバッハ会長(左)=2018年12月2日、都内 衆院予算委で挙手する桜田五輪相(左)=19年2月13日

 「話には聞いているが、自分は読んでいない」。桜田義孝五輪相が13日の衆院予算委で野党議員から国際オリンピック委員会(IOC)に採択された基本原則「五輪憲章」への理解を問われた際、そう答弁したことが波紋を呼んだ。先に競泳女子の池江璃花子選手の白血病公表について「がっかりしている」と発言したことも重なり、ネット上でも厳しい批判の声が寄せられている。「人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立」「スポーツを人類の調和の取れた発展に役立てる」。憲章の文言がすらすら出てこなくても、フェアプレイの精神、友情や連帯、相互理解といった語句で自分なりのスポーツ観を述べていたら受けとめ方は違ってきたであろう。国会で質疑になった「五輪憲章」について語っていた、ある人物を思い出した。(共同通信=柴田友明)

 「年に1回は必ずオリンピック憲章を1ページから最後まで読みなさい」。IOC副会長を務めた猪谷千春氏が著書「IOC オリンピックを動かす巨大組織」(2013年、新潮社)でIOC委員に就任する際に、先輩委員の清川正二氏(故人)に言われたと書いている。

 「現在の憲章には、女性や環境問題への配慮やドーピングに対する注意喚起、(中略)オリンピック・レガシー(遺産)など、今日的なテーマが網羅されており、IOCの仕事内容の多角化、複雑化がみてとれる」「スポーツを通じて世界平和を目指すという運動をいかに推進していくか―。オリンピック憲章には、IOCの永遠のテーマが反映されている」

 2011年までの30年間、日本人IOC委員として最長の在任期間となった猪谷氏の文章は明快で分かりやすい。(2番目は初代IOC委員の嘉納治五郎氏の29年)

 昨年末に都内の会合で、筆者は猪谷氏の講演を聞いた。日本人初の冬季五輪のメダリスト(1956年イタリア・コルティナダンペッツォ大会、アルペンスキー男子回転で銀メダル)でIOC委員をかなり長く務めたことは知っていたが、87歳とは思えないほどのはきはきとした話し方にまず驚いた。

 父は日本スキー界の草分け、母は日本初の女性ジャンパー、北海道・国後島生まれ。好む好まざるにかかわらず物心ついたらスキー板を履いていた生い立ち。バックスクリーンに映る画像を交えて、語られる「自分史」の内容も飽きることなく面白かった。

 ロシアのプーチン大統領とのツーショット画像が映り、IOC委員時代にロシア・ソチでプーチン氏と会食した際に「日本のどこで生まれたか?」と尋ねられ、北方領土の国後島とすぐに答えず、「半分、『ロシア人』であることに誇りを思う」と〝スパイス〟をきかせた回答。不審な顔をしたプーチン氏がさらに質問を重ね、猪谷氏の話した意味がようやく分かり、会話がストップしてしまったというエピソードに聴衆から笑い声が洩れた。

 1950年代の米国の大学時代。勉学とスポーツの両立を目指した猪谷氏は、腕立て伏せや今でいう「スクワット」の姿勢で身体を鍛えながら教科書を読んだと淡々と話し、実際に壇上で腰をしばらくのあいだ低くかがめて示すと、今度は驚きの声も。「世の中に不可能なことはない。頭を使えば何でもできる」「幸運とは自分で勝ち取ること。逆境で強くなれば、平常でもっと強くなれる」。嫌みなく語られる言葉の強さ。就職した外資系保険会社でトップになり、IOCでも80歳の定年まで中枢にいた猪谷氏の「向上心」に、すごいと思った。

 講演では語られなかったが、著書「IOC」には、「会長との冷戦」「商業主義への舵切り」という見出しで、1984年のロス五輪以降、権勢を振るったサマランチ会長(当時)についてもストレートな表現で書かれている。「サマランチ会長を語るときには、存続の危機が叫ばれていたオリンピックをここまで大きく育て上げた功と、行き過ぎた商業主義の跋扈や権力への執着という罪が、相半ばしてあらわれてくる」

 五輪招致を巡るスキャンダルでは著書でソルトレークシティー、長野五輪での実態を組織の中から見た感想も赤裸々に語っているのも興味深い。組織改革、新たな倫理規定が進められたにもかかわらず、リオ五輪、そして20年東京五輪もいま現在、捜査対象になっていること考えれば、貴重な証言のように思える。

現在はIOC名誉委員の猪谷千春氏