著者が折に触れてインタビューに答え、講演で語り、雑誌に書いた言葉を集めた。養老先生は相変わらず面白い。目からウロコが落ち、溜飲が下がり、腹に落ちる。
テーマはあちこちに飛ぶ。言語や意識、情報の根本構造を探る原理的な考察から、脳の仕組みやヒトの進化、iPS細胞をめぐる科学論、地球温暖化やグローバリゼーションといった国際問題、石油の生産調整、参議院改革などの具体的な政策提言まで。
日本の食卓研究の結果から世論調査の無効性を指摘し、脳出血の体験記から宗教的法悦を説明する。どこから根拠を持ち出し、どこに結論を持っていくのか予想がつかない。
著者の独創はいったいどこからもたらされるのか。
一つは解剖学という専門分野だ。生きている私たちはいつも生の側から物事を考える。死者を相手にしてきた著者は死の側から世界を捉える。遺体を解剖するように世界を腑分けしていく。
一つは昆虫の採集と分類という趣味だ。扱っているのは過去に属する情報や概念ではない。感覚をフル回転させて自然と向き合い、事実を集め、発見する。それは世間的な価値や意味から解き放たれた営みである。
一つは少年時代の終戦体験だ。人々が声高に叫んでいた言葉や価値が一夜にしてひっくり返った。常識とか世間というものが、いかに当てにならないかを体感的に知っている。
さらりと語っている。「ヒトがいない世界というものを、私はものすごくリアルに考えています」。ヒヤリとする。
(青土社 1400円+税)=片岡義博