【東日本大震災・あの日から8年】福島避難者の支援団体 再出発、冊子で後押し

13人紹介「足運んで」

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美容室を再開した福島県浪江町出身の小野田真仁さん=水戸市内

東京電力福島第1原発事故で福島県から本県に移り、もう一度事業を再開した避難者の店などを紹介する冊子が完成した。支援団体ネットワーク「ふうあいねっと」が作成し、本県避難者に配布した。経営者に現在までの道のりや仕事に対する思いをインタビューし、支援団体は「店に足を運ぶことで、新たな出会いの場にしてほしい」と話している。

福島県浪江町出身の小野田真仁さん(34)は冊子に登場する一人。2014年12月、水戸市内に美容室「SOWELU(ソエル)」をオープンし、スタッフ4人を率いる。同い年の妻と小学生の娘2人を連れて、新潟県や沖縄県を転々とし、4年前に同市内に居を構えた。

浪江町では、10年12月、浪江駅前に自分の店を持った。16歳から美容室で働き、26歳での独立だった。その3カ月後に原発事故が起き、避難区域となった。

生まれも育ちも浪江という生粋の「浪江っ子」だ。夜8時にはスーパーが閉まり、ファストフード店も車で約40分かかる地域。決して便は良くないが、海と山、川のある豊かな自然が好きだった。正月には同級生が集結して草野球を楽しむのが恒例だった。

避難指示が解除された後、17年の夏に自宅と店を解体した。こだわりの木彫りの看板だけは妻の実家に保存している。店のシンボルで、そこにあった「証拠」と思うからだ。地元に生活拠点はなくなったが、住民票は浪江に残してある。

「茨城でやっていくけじめとして店を出したが、心のどこかに浪江がある。気持ちは福島県民のまま」

本県には縁もゆかりもない。開店当初は1人しか客が来ない日も珍しくなかった。オープン3年目からようやく軌道に乗り出し、手応えを感じている。転勤族など客層が広い水戸のほうが仕事自体は楽しい。

「今は目先のことを頑張っている。仕事ができ、家族がいるだけで十分」。充実した日々をかみしめている。

冊子はA4判。「いってみっか〜いばらきで歩みはじめた私たちの想い3.11から」。本県に避難後、事業を再開したり、新規で起こした13人を写真と記事で紹介している。業種は美容や飲食、福祉関係などさまざまだ。支援に携わる茨城大、筑波大の学生らが取材した。

ふうあいねっと代表で茨城大の原口弥生教授は「お店が避難者同士の新たな出会いの場になればいい。マイナスからスタートし、一進一退しながらも歩み始めている人たちの思いや覚悟を知ってほしい」と話す。

冊子は約2500部作り、このうち約1400部を避難者や県内自治体などに配った。「自分のペースで納得できる生活が送れるよう応援し続けたい」と原口教授。希望があれば一般にも配布する。(斉藤明成)

ふうあいねっとが作成した冊子