分散型テクノロジーで持続可能な社会へ――碓井稔 セイコーエプソン社長 特集:テクノロジーとサステナビリティ①

セイコーエプソンの碓井稔社長 (撮影:高橋慎一)

ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)、IoT(あらゆるモノがインターネットにつながる技術)が急激に社会のあり方を変えつつある現在、技術革新をいかに社会課題の解決や持続可能な価値に結びつけるのかが問われている。人やモノと情報がつながるサイバー空間の広がりのなかで、「一人ひとりの創造性をより発揮する社会を実現するためには、分散型で多様性ある技術のあり方が求められる」とセイコーエプソンの碓井稔社長は言う。その真意について、オルタナ総研の川村雅彦所長が聞いた。

「消耗」から「循環」へ進むプリンタービジネス

川村:サイエンスやテクノロジーを通じて、いかにサステナブルな社会を創っていくのかという問題意識が、いま重要になっています。

碓井:エプソンがこれまで培ってきた独自の技術の強みを、「省・小・精」(しょう・しょう・せい)と呼んでいます。

省エネルギーを追究し、環境に配慮し長期にわたって使い続けることができるものを作る。また同じパフォーマンスを発揮できるのであれば、できるだけ小さくするのが、私たちの会社のDNAです。そして精度の良いものをつくる。材料や部品、時間管理など正確にしていくことで生まれる価値があります。

この「省・小・精」を突き詰めていくことで、いま社会で課題になっていることを解決できる価値を生み出していけると考えています。

川村:社会課題を認識した上で、本業の強みを生かして、それを解決していくということですね。

「消耗品で収益を上げるビジネスモデルは持続可能ではなく、変えなければならない」と話す碓井社長

碓井:そうです。これまでプリンティングの世界では、消耗品で収益を上げるビジネスモデルが主流でした。本体機器は安い値段で販売し、インクをはじめ色々なものを消耗品として購入いただく。消耗品は決して安くないので収益性が良くなります。しかし、お客様はコスト面から印刷を控えるようになります。また、本体も消耗品も新しいものに換えていくので、環境的にも無駄が多い。こうしたビジネスモデルはもはや持続可能ではなく、変えなければなりません。

私たちが取り組んでいる「エコタンク」は、インクジェットプリンター本体に大容量のタンクを搭載し、大量に印刷できる方式です。インクの交換頻度を減らし、印刷コストを90%削減しています。またオフィスで廃棄する紙を、その場で新しい紙に再生する「PaperLab」の開発により、循環型社会に向けた取り組みも進めています。

元々、インクジェットプリンターは省エネ型です。2017年に発売した高速ラインインクジェット複合機では、消費電力量を一般的なレーザープリンターの約8分の1に抑えることを実現し、印刷のスピードもレーザープリンターに比べて速くなります。印刷コストを下げることで、これまでモノクロで印刷していたものをカラーにすることもでき、生産性を上げていくことにもつながります。

産業構造は「分散型」へ

テクノロジーの進展に伴う産業構造の変化について聞くオルタナ総研の川村所長

川村:一方で、AIやIoTなど新しいテクノロジーの進展に伴い、個々のデバイスがつながり、全体がコネクテッドな(接続された)世界になっていく動きもあります。

碓井:「リアルな世界」のプリンターをサイバー空間につなげることで、新しい世界が実現できます。これまでは一つの工場で集中的に印刷していましたが、色々な場所で分散させて印刷することが可能になる。しかも同一の品質です。つまり、一つの社会インフラが構築されるわけです。

いま、モノづくりは全体的には集中型ですよね。大きな工場を造って集中的に設備投資する。しかし、それぞれの地域の特性や、一人ひとりの個性に応じたモノづくりをしていくためには、分散型の生産プロセスに転換していくことが必要です。

工場など生産拠点を分散させることで、配送コストを下げて省エネ型社会を創ることにもつながります。家庭に送るダイレクトメールも、電子配信して必要に応じてプリンターで出力すればよいのです。

川村:貴社はこれまでB to C型プリンターが主力でしたが、これからB to B型への参入が進めば、日本社会では地方の活性化につながる可能性もありますね。

クリエイティビティが社会構造の変化を牽引する

川村:さて、今後の10年先・20年先の社会に、構造的な変化があるとすれば、それはどのようなこととお感じになりますか。

碓井:一人ひとりがもっと創造性を発揮し、「こういうものが欲しい」という個性を際立たせるような社会になると思います。それは「地域」においても同様です。

つまり、本当に必要なものが必要な時に提供できること、あるいは一人ひとりの個性や志向に合わせるということが重要になってきます。それが可能となるような産業構造を創ると同時に、一人ひとりがもっとクリエイティブな仕事に従事するような社会が想定されます。単純労働などは、ロボットやAIで代替されていくでしょう。

川村:第4次産業革命という言葉がありますが、デジタル革命に続きナノ技術やIoT、AI、ロボティクスなどによる新たな産業構造の変化が起きています。そうした点を踏まえつつ、コアになる技術を使いながら効率的で効果的、かつ楽しさを生み出していくサステナブルな社会を目指している、と理解してよいのでしょうか。

碓井:必要な部分は集中的な生産プロセスも維持しつつ、どんな場所でも同じ品質のモノが作れるような技術の精度を高めることで、分散型の生産プロセスをコントロールしていきたい。その上で人びとの知識や知恵を集合できるプラットフォームを創りたいと思っています。

技術の多様性を担保する「省・小・精」

川村:社会経済のグローバル化が進むなかで、様々な国や地域に応じたローカルな展開も重要になっています。

一人ひとりの創造性や地域の特性に合わせ、多様化するニーズに対応するためにも、分散型で多様性のある技術が重要だと碓井社長は指摘する

碓井:私がなぜ「省・小・精」の技術基盤に価値があると言っているかというと、この技術基盤は特定の事業に特化するのではなく、ある程度の膨らみがあるわけです。例えば「プリンターだけで、他のものをやめればいいじゃないか」というふうにはしない。

なぜかというと、これから世の中のニーズはすごく多様化してくるわけです。色々なものの組み合わせのなかで新しい価値ができる。そういう観点から、コアな技術は大事にしつつも、多様性のある技術を持ちながら、色々な展開を模索していくことが必要です。

これはある意味、グローバル化や経営効率化には逆行しているように見えるかもしれません。しかし、これからの時代はそうでないといけないと私は思っています。技術の集合体として自分たちが英知を結集し、それを昇華させることができるような組織体が要ると考えています。

豊かでサステナブルな社会を目指す

川村:今後、2030年から2050年にかけて、地球に住むすべての人々に大きな影響があるのが気候変動です。その位置づけについては、どのようにお考えですか。

碓井:みんなが我慢して生活を切り詰めるということではなく、一人ひとりが幸福感や豊かさを感じられる、けれどもサステナブルな世界を創り出していかないといけません。

そのために、自分たちの製造プロセスや製品そのものを、環境負荷低減を含めてサステナブルにしていくことはもちろんですが、社会構造そのものを省エネ型の世界にしていくことが不可欠です。会社をサステナブルにするとともに、社会をサステナブルにするということです。

昨年11月にエプソンの温室効果ガスの削減目標が、国際的なイニシアチブである「SBT(Science Based Targets)イニシアチブ」(企業版2℃目標)に承認されました。今後2050年に向けた定量目標の設定についても検討を進めているところです。

川村:碓井社長のサステナビリティに対する想いを知ることができました。本日はありがとうございました。

碓井稔(うすい・みのる) 
1979年セイコーエプソンの前身である信州精器に入社、ミニプリンターの企画・設計を経験した後、インクジェットプリンター開発部門に異動。ピエゾ素子を使った小型・高性能なプリントヘッドの開発に取り組み、1993年にマイクロピエゾテクノロジーを搭載したインクジェットプリンターの商品化に成功した。2005年には全社の生産技術強化を目的に生産技術開発本部長就任、2007年には研究開発本部長を兼任。2008年の社長就任の翌年、長期ビジョンSE15を策定。2016年には10年後のエプソンが向かうべき方向を示した長期ビジョンEpson 25を策定した。2001年ヨハネス・グーテンベルク賞受賞。2018年藍綬褒章受章。

インタビュアー
川村 雅彦 (かわむら・まさひこ) 
オルタナ総研 所長・首席研究員。CSR部員塾・塾長。九州大学大学院工学研究科修士課程修了。三井海洋開発株式会社を経てニッセイ基礎研究所入社、ESG研究室長を務めた。環境経営、環境格付、環境ビジネス、CSR経営、統合思考・報告、気候変動適応を中心に調査研究に従事。環境経営学会の副会長。論文、講演、第三者意見多数。主要著書は『環境経営入門』『カーボン・ディスクロージャー』『統合報告の新潮流』『CSR経営パーフェクトガイド』『統合思考とESG投資』など。

◆サステナブル・ブランド ジャパンでは2~3月にかけて、テクノロジーについての特集記事を展開します。

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