【卓球・神巧也#2】「実業団かTリーグか」論は無意味 己の人生を生きろ

写真:神巧也(T.T彩たま)/撮影:ラリーズ編集部

実業団からプロに転向、Tリーグ参戦を表明したT.T彩たま神巧也。

幼少期から他の卓球エリートとは一線を画すキャリアを歩み、「らしさ」に磨きをかけてきた彼は、何をTリーグに見出し、そして何をTリーグに持ち込んでくれるのか。

「自分が試合をする時はもちろん、試合をしていない時も、後に続く人やチーム全体に何かを残せるような、がむしゃらで勢いのある選手でありたい。会場の雰囲気がT.T彩たまに傾くような、そんな働きをしたい」

平野友樹や高木和卓などこれまで同じチームで切磋琢磨してきたメンバーが揃うT.T彩たまで、自らの役割をこう語る彼。その姿勢は、シチズン時計に自らが入ることで結果を出したいと考えていた4年前と重なる。

前回に引き続き、コート上で吠える姿とはいささかギャップがある神巧也。静かに内なる炎を燃やしながら、実直に言葉を紡いでいく。

「実業団からTリーグへ」というキャリアチェンジは、ひとつのモデルケースになるのでは?かつてよりも多様なキャリアが存在する日本卓球界で、選手は取捨選択を迫られるのでは?など、様々な思惑や卓球界への見方など突っ込んだ質問をしてみた。

神巧也の回答は終始フェアで、卓球界への示唆をも与えてくれた。

シチズン時計で学んだ 変わらない在り方

実業団のシチズン時計からT.T彩たまへの加入つまりTリーグへの参戦は、アマからプロへという環境の変化、そして選手としての在り方の変化をも起こしうる。

「やはりプロになるということで、より勝負に対してシビアになる部分はあります。お客さんのためにも勝って結果を残さないといけない。自分の場合、全日本実業団選手権の団体優勝をひとつの区切りとして、次のステップにTリーグを選んだわけですし、卓球選手として自分の目標を達成するためにプロに来たという思いは強くありますね」

神巧也は嚙みしめるようにそう語る。

実業団時代はシチズン時計株式会社の社員として、当然会社の業務も行わなければならなかった。そこから365日卓球に向き合うようになることで、やはり選手としての在り方やモチベーションにも変化はあったりするのだろうか。

しかしここで神巧也は、非常に丁寧に、真面目に言葉を紡いだ。

「これはシチズン時計に居たから分かったことですが、日本のトップクラスの選手として卓球をするということは、どこに居ても社会的責任があります。シチズンでは、CSR活動のように、会社ではなく社会全体に貢献するという活動も大切に行っていました。何より、スポーツ選手のように他の人より特殊な技能を持って活躍する人間は、周囲に与える影響が大きい。なので、どこに居ても、強い選手で居続けることで、社会や周囲に良い影響を与える存在でなければならないと思っています」。

シチズン時計株式会社の企業理念は、「市民に愛され市民に貢献する」である。神巧也がシチズン時計に居たからこそ身に付いたこのイズムは、プロリーグとして始まったばかりのTリーグに必要な要素だ。

T.T彩たまやTリーグ全体がどのように社会に愛され受け入れられていくかと皆が注目するこのフェーズで、実力とエンターテイメント性とに加えて社会への視点を持っている神巧也が加入したことは、とても大きな収穫と言えるのではないだろうか。

実業団かTリーグかじゃない 自分と向き合う

写真:神巧也(T.T彩たま)/撮影:ラリーズ編集部

それにしても、神巧也のような選手がTリーグに来ることは、「実業団からTリーグへ」という一つのモデルケースになりはしないか?こう問いかけた我々に対し、先に実業団からTリーグに転向していた上田仁(岡山リベッツ)も引き合いに出しながら、彼はきっぱりとフェアな意見をくれた。

「確かにそういうこともあるかもしれないが、仁さんも自分も、誰に影響されるでもなく一つの選択肢として選んだだけです。誰かに影響を与えたいとも思っていませんし、Tリーグに来たことで実業団やアマの存在意義を薄めることにもなりません。実業団があることによって全国の競技人口の裾野は広くなるし、卓球選手の雇用も生み出している事実があります。」

実際にシチズン時計では、引退した選手は会社員としても第一線で活躍し、業務の社内評価も非常に高いという。

実業団スポーツは、日本の素晴らしい仕組み・文化だと、彼は言い切る。そして、実業団とTリーグを安易に比較することは、本質的でないとも。

「何が良くて何が悪いということはなくて、自分の人生を生きる、そのために何を選ぶかということだけです。実業団で選手として頑張って、その後は会社の中で会社員として頑張る。それだって社会を回すために必要なことであり、素晴らしいことだと思います」。

自分を育んでくれた環境、人々への感謝・配慮の気持ちを忘れない姿に、あらためて神巧也の飾らない人柄をみた。

プライベートでも消えない 内なる炎

卓球への強い思いを語る神巧也だが、プライベートでは卓球から完全に離れるという。

「オンオフの切り替えが苦手なので。卓球に触れられないように道具とかも全部置いてきちゃいます」。

卓球ファンならご存じの方も多いかもしれないが、神巧也は大のMr.Childrenファンで、いつも聴く音楽プレイリストはMr.Childrenと、眠れないとき用のクラシックのみ。

「休日は一人カラオケ専門店に行ってリフレッシュ。ミスチルをライブのセットリスト通りに順番に熱唱するのが最高に楽しいです。ライブにも行きます」

ブログでも、シチズン時計時代の背番号がMr.Childrenのヴォーカル桜井和寿の誕生日に由来することを明かしていた。試合前にはMr.Childrenを必ず聴いて、気持ちを高めたり静めたりしているそうだ。

冷静で客観的だからこそ、自分を鼓舞し、コントロールできるのかもしれない。語り方こそ無邪気だったが、彼らしい内面をここでも垣間見た気がした。

神巧也という卓球選手は、活躍の舞台を自ら選び、結果を出し、更なる挑戦に向かう喜びを知っている。そして、そんな彼のプレーの熱さ、試合の面白さを観客たちは知っている。Tリーグを新たな活躍の舞台と定めた「吠える男」は、卓球界にまた新たな熱気を運んでくるに違いない。

余談だが、彼の内側で静かに燃える炎に触れて、ふと「青い炎は、じつは赤い炎より温度が高いんだったな」なんて思ったりした。

文:大塚沙央里(ラリーズ編集部)

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