全盲セーラー大海原へ 牛深出身の男性、太平洋横断に再挑戦 13年に遭難も「諦めず夢を」

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米国のサンディエゴ沖をヨットで走り、訓練を重ねる全盲の岩本光弘さん(左)とペアを組む米国人男性=1月(KenshiFUKUHARA,OfficeF.K.提供)

 幾多の壁を乗り越えてきた。失敗しても諦めなかったから-。全盲のセーラー岩本光弘さん(52)=熊本県天草市牛深町出身、米国在住=は2月下旬、健常者とペアを組んでヨットでの太平洋横断に挑戦する。2013年にも挑んだが、事故で遭難。「次こそ夢をかなえる」。全盲セーラーを含むペアでは世界初とされる偉業達成を目指す。

 生まれつき弱視で、16歳で失明した。「もう何もできない」。たびたび自殺を考えた。

 そんな時、通っていた県立盲学校(熊本市)の教諭に勧められたアマチュア無線。何となく始めたが、外国から英語が聞こえた時、心が躍った。英会話教室に通うようになり、世界が広がった。

 旧筑波大付属盲学校(東京)のはり・きゅうの教員となり、英会話教室で知り合った米国人女性と結婚。セーリング経験があった妻の誘いで、36歳の時にヨットと出合った。

 恐る恐るだったが、設備の位置を覚えると、ヨット上を動けた。頬で風向きを感じ、かじも取れた。何より耳障りな騒音もなく、すっと風を切る感覚に魅了された。

 06年、米サンディエゴに移住。太平洋沿いの街で、幼い頃に目にした天草の海をまぶたに浮かべて過ごした。やがて「横断したい」との思いが芽生える。腕前は視覚障害者の世界大会に出場するまで上達していた。

 11年、太平洋横断を支援するという雑誌の企画に応募。ニュースキャスターの辛坊治郎さんとペアを組み、13年6月に福島県を出港したが、6日後にクジラと衝突してヨットが浸水。10時間漂流後、自衛隊機に救助された。世間の注目を集めていただけに、一部からは「税金の無駄遣い」と批判された。

 「僕さえ夢を持たなければ…」。申し訳なさと恐怖心で海に近づけなくなった。それでも前を向いた。諦めれば、講演会で「ネバーギブアップ」と訴えてきた言葉がうそになると思ったからだ。

 2年前、知人の紹介で知り合った米国人男性からペアの申し出があり、訓練を重ねた。今月、再挑戦に懸ける思いをつづった「見えないからこそ見えた光」を出版。出航準備は最終段階で機器の調整を急ぐ。

 24日にサンディエゴをたち、2カ月かけて福島県いわき市の小名浜港を目指す。「見えなくなった時、家を出るのも怖かった。でも踏み出せたから、今がある」。あの日の自分のような人の「一歩」を後押しするため、再び大海原で帆を揚げる。(東京支社・内田裕之)

 ◆メモ 「見えないからこそ見えた光」(ユサブル)は四六判、224ページ。1400円(税別)。県内の主な書店で販売中。売り上げの一部は国際視覚障害者援護協会に寄付する。

(2019年2月19日付 熊本日日新聞朝刊掲載)