雨雀の写真資料 故郷・黒石に/独から 記念館研究協力へ礼/館長「貴重」 近く展示

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秋田雨雀がモスクワでラジオ出演する場面。中央奥に写っているのが雨雀(秋田雨雀記念館提供)
ドイツから届いた礼状や写真資料のコピーを手にする、記念館の伊藤館長(右)と館員の福島さん

 青森県黒石市出身で国際的に活躍した文化人・秋田雨雀(うじゃく)(1883~1962年)がロシア革命10周年でソ連に招かれ渡航した際、モスクワでラジオ出演した写真資料が今年、ドイツから秋田雨雀記念館(黒石市)に届いた。ドイツから昨年依頼があった資料の照会に、同館が対応したことへの礼状に、同封されていた。伊藤英俊館長(64)=同市=は「記念館にはない貴重な写真」と話し、近く礼状などと一緒に同館に展示する。

 雨雀は演劇や文学、国際共通語創設を目指したエスペラント運動など幅広い分野で活躍し、黒石市名誉市民に選ばれた。

 礼状の差出人は、ドイツのトリーア大学図書館職員ハンス・ウルリッヒ・ザイフェルト氏。記念館に2018年5月に届いた同氏の手紙によると、同氏は、1927(昭和2)年にソ連に招かれた雨雀が、現地で交流したギリシャの作家ニコス・カザンザキス(故人)を研究しており、カザンザキスが雨雀に宛てた手紙の有無を尋ねてきた。記念館では見つからなかったが、雨雀の著作の中で、カザンザキスに触れた部分の写しを送った。

 それに対して今年1月に届いた礼状に、雨雀らの写真が載った印刷物の写しが入っていた。写真説明はエスペラント語で、記念館員・福島伸雄さん(63)=黒石市=の訳によると、雨雀らがモスクワでエスペラントのラジオ演説をしている-などと記されている。

 伊藤館長は「雨雀は世界平和のためにエスペラントを学んでおり、ラジオ演説で世界の人たちに平和で仲良くしてほしい-と呼び掛けたのでは」と思いを巡らせた。