【世界から】小学校でタトゥーのクーポンを賞品にする国、NZ

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モコ・カウアエを施したナナイア・マフタさん。現在、マオリ開発大臣と地方自治大臣を兼任している(C)Nevada Halberd used under CC BY 2.0

 「タトゥー・パーラーのクーポン券がくじ引きの賞品?」

 ある行事に参加したときに、とてもびっくりした。日本で生まれ育った筆者にとっては、タトゥー(入れ墨)のクーポン券を賞品にしていることですら驚きなのに、その場所は何と、小学校なのだ。とはいえ、これはあくまでも好意からのもの。このクーポン券を寄付したのは、娘のクラスメートの父母。彼らは彫師をしている。ちなみに、学校で行われるくじ引きの賞品は店舗などを経営する保護者から寄付されることが多い。

 ニュージーランドにおいて、タトゥーはごく普通のものだ。筆者の周りでも、ある教育熱心なママ友は子どもの名を両腕に一つずつ、親友を乳がんで亡くした義姉は乳がんの早期発見・検診を促すキャンペーンを象徴する「ピンクリボン」を足首に、といった具合だ。統計によると18歳以上の国民の5分の1にタトゥーがあるというが、それもうなずける。

▼表すのは「自分自身」

 ニュージーランド人のタトゥーはファッション的な要素もあるが、筆者のママ友や義姉のように各人の大切な人の名や事柄が肌に刻まれているケースも少なくない。その極め付きが、先住民族マオリのタトゥーだ。「タ・モコ」という総称で呼ばれ、体だけでなく顔にも施される。このうち、男性が顔全体に入れるものを「マタオラ」、女性があごと唇のみに施すものを「モコ・カウアエ」という。

 タ・モコは一般的なタトゥー以上の意味を持ち、本人のアイデンティティーを表しているといっても過言ではない。らせんや曲線など用いた特徴的な表現は、祖先や属する部族を始めとする当人のバックグラウンドを意味している。例えば、渦巻きの外側が周囲に向かって伸びるのは「生命や家系の永続性」を示している。一方、中心に向かう内側が表しているのは「自身の起点や先祖に戻る」ことと同時に「誕生」だ。特に、顔の場合は個々の顔立ちを際立たせるようなモチーフが意識的に用いられる。人が一人一人違うように、タ・モコも一つとして同じものはないといわれる。タ・モコはその人がマオリであるというゆるぎない証。周囲の人々にマオリ文化の継承者であることを伝え、「自分が何者か」を自身の心に刻むためのものなのだ。

伝統的な施術の方法を再現した時の様子。タ・モコのモチーフを彫るのに、昔は針ではなくたがねを用いていた(C)RaviGogna used under CC BY 2.0

▼一度は廃れる

 現在では肯定的に受け入れられているタ・モコだが、先住民族の文化として苦難の時を経てきている。19世紀に英国を始めとするヨーロッパから移民が渡ってくる前は、誰もが実践する習慣だった。しかし、入植者のとらえ方は興味本位でしかなかった。マタオラを施した男性の中にはひどいことに、殺されて頭部を切り落とされる者もいた。ヨーロッパ人にとって物珍しい頭部は高く売り買いされたのだ。現在は誰もがおぞましいと思うに違いないが、ミイラ化した彼らの頭部は故国への土産として人気の〝コレクターズアイテム〟だった。殺されてはたまらないと、マオリの間でマタオラを含むタ・モコの習慣は廃れた。

 イギリス植民地時代の伝統を受け継ぐ西洋型社会のこの国で、マオリたちは1970年代から80年代にかけて自らの伝統と文化を復興する運動を起こした。試みは成功し、タ・モコの価値も見直された。ところが、思わぬところから逆風が吹いてきた。時期を同じくして所属する組織名やシンボルのタトゥーを顔に入れたギャングが現れたため、マタオラが混同されることが起きてしまったのだ。

 ギャングと同一視される恐れがあるにもかかわらず、マオリの象徴であり、自らのアイデンティティーでもあるタ・モコを施す人たちが次々と現れ、リバイバルに大きく貢献した。近年では学者はもとより、マタオラをした海軍軍人、モコ・カウアエをした女性議員や女性警察官なども珍しくなくなった。彼ら要職に就く人たちがタ・モコを施すことに伴って、広く社会に認められるようになってきた。

▼必要なのは「互いに敬う」こと

 マオリの人々が施して初めて意味を持つタ・モコだが、近年ではマオリではない人たちが「かっこいい」というだけの理由でタ・モコをするようになって、問題となっている。昨年には、人生全般に関するアドバイスを行う「ライフ・コーチ」としてニュージーランド国内では知られた存在のサリー・アンダーソンがモコ・カウアエをしたことに非難の声が上がった。彼女はマオリではなく白人女性だったためだ。同国外でも元プロボクサーのマイク・タイソン、歌手のロビー・ウィリアムスやリアーナなどがファッションで、タ・モコの意匠を使ったタトゥーを入れて、識者やマオリの怒りを買った。

 また、ファッションデザイナーのジャンポール・ゴルチエや、オーストラリア版「マリー・クレール」誌が、モデルにマタオラやモコ・カウアエを模したメーキャップを施し、やり玉に挙がったこともある。「マリー・クレール」誌は後にマオリに公式謝罪している。

 ところが、似た事例ながらおとがめなしだったケースもある。2013年公開の米国SF映画「エンダーのゲーム」だ。マタオラをしていたのは登場人物の1人、メイザー・ラッカム。マオリの血を引くという設定だ。ラッカム役の俳優ベン・キングズレーは、メーキャップを施す前にマオリの学識経験者からタ・モコの講義を受けたそうだ。キングズレーはマタオラの重要性を意識することで、演技により奥行きが出たと話している。

 このように、マオリはタ・モコをめぐる全てのケースを問題視しているわけではないのだ。敬意を払われれば、決して悪くとることはない。お互いを尊敬し合うことは、人種に関係なく、スムーズな人間関係を築くための基礎だ。

 大分県の別府温泉で今年9月に開幕するラグビー・ワールドカップ(W杯)の開催期間限定ながらタトゥーを解禁にする温泉施設が増える―。先日、そんなうれしいニュースを聞いた。一方、外国人観光客にとっても人気の観光地である京都ではタトゥーに対する入浴規制は変わらないようだ。日本を訪れる外国人のほとんどが日本文化を称賛し、それに触れたいという思いでやって来る。東京五輪・パラリンピックを来年に控え、海外からの訪問客はますます増えるだろう。互いに敬う精神をもって、日本側も他国文化を正しく理解し、受け入れる時が来ているのではないだろうか。(ニュージーランド在住ジャーナリスト クローディアー真理=共同通信特約)