「鬱」と向き合い,多彩な創造 料理エッセー、小説刊行の坂口恭平さん

©株式会社熊本日日新聞社

自分で編んだセーター姿の坂口恭平さん。小説だけでなく、料理、絵の制作など創作の幅を広げている=熊本市の橙書店
即興でアクリル画を制作する坂口恭平さん=熊本市現代美術館
近刊の「COOK」と「建設現場」
「COOK」の中の1㌻。ハンバーグを「過去最高の味!」と紹介している

 自らの「躁鬱[そううつ]」を公表し、作家、画家、建築家、音楽家として活動する坂口恭平さん(40)=熊本市。さまざまな表現方法で鬱の苦しみと向き合うことで、創造の幅を広げてきた。自身でこしらえる日々の料理を記録したエッセー「COOK」もこのほど刊行。熊本市現代美術館で4年後、個展を開くことが決まり、絵画の制作も進めている。(文化生活部・中原功一朗)

 身に付けた赤いセーターまでも「手編み」だという。素人の自作とは見えないほどの出来栄え。「躁鬱は治らない。おれにとっての健康法は手作業だから」と坂口さん。

 小さいころから、ほかの子のように行動しようとして、うまくできなかったという。体調の変化が激しい躁鬱に悩む中、28歳の時、やるべきだと思う仕事だけに集中することにした。

 書くことを日課とし、作品を次々に発表。小説「家族の哲学」が2016年の熊日文学賞に選ばれた。最近は毎日、原稿用紙20枚分を執筆し、即興のアクリル画を4点制作しているという。

 昨年7月、鬱で書くのもつらくなった時に思い付いたのが料理だった。食べることは生きること。「苦しくても腹は減る。料理は創造だ」と考え、米を炊くことから始めた。おおまかなレシピや食後の感想、翌日の3食分の献立をノートに毎日つづった。スマートフォンで撮った写真をその日のうちに印刷。ノートにはると、気持ちがすっきりしたという。

 メニューはハンバーグやサンドイッチ、アジの刺し身、時にはロールパンも。食べたいものだけを作った。「色合いも工夫して、おいしそうに見えるようにした。料理をやらなきゃいけないと思って始めたが、そのうちに楽しくなった」。ツイッターで発信すると、出版社から書籍化の打診があり、1カ月間の料理日記にする企画となった。

 刊行された「COOK」に「食材たちは、優しく不思議な栄養になる友人なのである」「(明日のメニューを書くと)何よりも明日が来るのが怖くなくなった」とある。坂口さんにとって、料理は絵を描くことと同じで、作業療法のようなものなのだろう。料理をきっかけに、茶わんや皿、鉢などの器類も作るようになった。

 一方の近作の小説「建設現場」は、建物が作られては崩壊するという現実離れした世界が舞台だ。

 〈わたしは時折、ここがどこだかわからなくなる。そのときに何をもって、自分の位置を確認するのかもわからなかった。それがいまの状態だ〉

 建設現場で施工管理などに当たる主人公「わたし」が語る。何度も同じ道を歩いていたわたしは、これを続けるしかないと気付く。それ以外にやることがないと思い至った時、体が少し軽くなっていく-。

 「言いようのない鬱の苦しみを文章で表そうとした」と坂口さん。「COOK」と同様に「建設現場」にも自身の投影がある。生きづらさを抱える人に読んでほしい、との思いを込めた。

 熊本市現代美術館での個展は、2023年1月からの予定だ。担当学芸員の池澤茉莉さんは「熊本を拠点にして、いろいろな人に影響を与える坂口さんの考えや生き方を伝えたい」という。

 具体的な構想はこれからだが、文学、絵、陶芸、建築、料理など多能ぶりを発揮する展示になりそうだ。坂口さんは「イメージするのは、アートの側から考えた『医院』。訪れた人を治せるような場所にしたい。いっときでもユートピアを作れたら」と話す。

 「COOK」は晶文社・2376円、「建設現場」はみすず書房・3672円。

(2019年2月20日付 熊本日日新聞朝刊掲載)