「リレーコラム」立ち合い前の応援に違和感 大相撲「名勝負誕生」の妨げにも

立ち合いで貴景勝(右)と激しくぶつかる稀勢の里=両国国技館

 幸運に恵まれ、大相撲の歴史的な瞬間に何度か立ち会うことができた。

 初めて相撲担当となった2010年。「昭和の角聖」とたたえられた横綱双葉山の69連勝超えに向けて盤石の強さを示していた横綱白鵬。11月の九州場所2日目、平幕稀勢の里がその連勝を63で止めた一番を土俵近くの記者席で目の当たりにした。

 一度、相撲担当を離れて復帰した17年初場所で稀勢の里が横綱昇進。そして19年初場所での涙の引退。絶大となった相撲人気を肌身に感じられている。

 反面、10、11年はどん底も味わった。野球賭博問題から始まり、八百長問題で11年3月の春場所が中止となった。

 土曜、日曜日だけが「満員御礼」になるかならないかの状態で閑古鳥が鳴いていた当時と比べると、最近の館内の雰囲気は全く違う。

 前売りチケットが完売し、当日券もすぐに売り切れて連日の大盛況。大一番や好取組に対する歓声の大きさは比べものにならない。

 だが、以前とは違う館内の盛り上がり方に違和感を持つ瞬間がある。

 それは立ち合い前のコール。しこ名を連呼して応援するのは良いが、立ち合う直前まで行われていることがしばしばある。

 相撲人気が下火の時期は観客数が少なく過度な声援は目立ち過ぎるからか、立ち合い直前は声援がぴたりと止まっていたことが多かったと記憶している。

 一方、最近は観客の多さで紛れるからか、力士が仕切り線に手を付く直前までしこ名を叫んでいたりする。

 力士は仕切りながら徐々に集中力を高めていくと聞いたことがある。立ち合うその瞬間は互いの集中力が極限に高まり、それに引き込まれてかたずをのむ。

 力士の体と体がぶつかる音で一瞬の静寂を破り、攻防に合わせて大きくうねる歓声の波を体感するのも、非日常的な大相撲観戦ならではのことではないか。

 日本相撲協会のホームページ上で閲覧できる相撲競技観戦契約約款には、主催者の許可を得ることなく「観客を組織化しまたは観客の応援を統率して行われる集団による応援」を禁止行為としている。

 コールはまさに応援を統率したものではないか。コールを始める人全員が、主催者の許可を取っていることもまずないだろう。

 好きな力士を熱心に応援することは素晴らしいことだが、過度なコールは粋な光景ではないと思う。

 ある人気力士は以前「声援の仕方には思うところがある。メリハリをつけてほしいなと。仕切る時も全部というのはね…。人間なのでね、聞こえていないってよく言うけど、絶対うそだと思う」と、少なからず影響があることを示唆した。

 もし立ち合い直前まで行うコールが、力士の精神統一を邪魔し、ひいきの力士にとって不利な状況を作り出したとしたら本末転倒だろう。

 さらには相撲史に残る名勝負誕生をふいにする一因になるかもしれない。

 3月の春場所は「平成の名勝負」が生まれる最後のチャンス。次の時代へ語り継がれるかもしれない瞬間を、無粋な応援で阻害されないことを願うばかりだ。

佐藤 暢一(さとう・まさかず)プロフィル

2009年共同通信入社。仙台編集部でプロ野球楽天を担当し球団初の日本一を取材。本社運動部を経て、18年12月から大阪運動部で相撲などを担当。上智大時代はフライングディスク競技のアルティメットをプレー。横浜市出身。

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