担い手は今も女性 アンペイドワークの延長に低賃金  平成の女性史(3)高齢者介護

By 江刺昭子

介護を担う人の中に外国人も増えた。利用者の世話をするインドネシア人の介護福祉士

 流行のパンツルックやロングスカートでランウェイに現れたのはシニア女性たち。デザイナー仕立てのファッションで颯爽と歩く。満員の会場から歓声と拍手がわき起こった。

 1984年9月8、9の2日間、「高齢化社会をよくする女性の会」と神奈川県が共催した「フェスティバル・女性がつくる老後の文化」。江ノ島の県立婦人総合センターを舞台に、シンポジウムや座談会に料理教室やファッションショーまで組みあわせて、多角的に老人問題を考えようという催しで、全国から延べ3500人が参加した。 

 当時、50歳過ぎの女性のファッションは明らかに若者のそれとは異なっていたが、代表の樋口恵子さんらが披露したのは年齢不詳の服。あれから三十余年、今ではジーンズやダウンジャケットを娘と共有するシニアも少なくない。おしゃれだけでなく元気な高齢女性が増えた。

 だが、こと高齢者介護となると、するのもされるのも女性が多数派で、介護が女性問題であることは、30年前も今も変わっていない。女性の方が寿命が長いから、介護されるケースが多いのは必然としても、する側が女性に偏っているのは当然でも必然でもない。

 「高齢化社会をよくする女性の会」が発足したのは83年。それより5年前の78年の厚生白書が、老いた親と子の同居を「我が国の福祉における含み資産」と書いたのがきっかけだった。嫁に老親の世話をさせれば安上がりという発想で、この提言への怒りから女たちのネットワークが全国に広がった。

1984年のフェスティバルを伝える「高齢化社会をよくする女性の会」の会報

 介護・看護に関する初めての全国調査は、91年に総務庁統計局がまとめた「社会生活基本調査」だった。

 ふだん介護・看護をしている人は約357万人で、男性約112万人・約女性244万人と女性は男性の倍以上。このうち自宅で介護する人は257万人で72%を占める。中心は中年女性で、睡眠、仕事、余暇の時間が削られ、大きな負担になっている実態が明らかになった。専業主婦だけでなく、働きながら親の介護にあたっている女性も多い。

 家族の看病のために退職する人の多くが女性。早い退職は女性の無年金、低年金につながる。しかも1人暮らしの老人も多くが女性だ。家族介護の果てに、長い老いを貧しく生きることになる。ならば、介護の社会化を急ぐべきだが、むしろ、「模範嫁表彰」「孝行嫁さん顕彰条例」が増加する傾向にあった。

 前記の会が全市区町村を対象に96年度の「家族介護者表彰制度」の実施状況をアンケートしたところ、3100余りの市区町村のうち31%が表彰していた。「献身的」「犠牲的」「昼夜をいとわず」と、たたえる対象のほとんどが息子の妻。ご褒美に贈られるのは表彰状とアルバムや鍋だった。

 全国の府県史を見ると、明治末年頃から自治体や地方改良団体が盛んに孝子や節婦を表彰しているのがわかる。節婦の場合はほとんどが貧しさに喘ぎながら舅姑、あるいは夫の介護に尽くした女性である。女は一家の世話をするのが本分であるとする家制度下の性別役割規範が、平成の世になっても根強く残っていたことになる。

 しかし、高齢化は急速に進み、「化」がとれて高齢社会と称するようになった93年頃、政策の意思決定の場へ一定程度、女性が進出したこともあって、ようやく介護の社会化が政策課題になる。

 97年に介護保険法成立、2000年には介護保険制度が出発した。介護保険法1条は、要介護者の「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」「国民の共同連帯の理念に基づき制度を設ける」と宣言、画期的な変革を目指した。

 制度が定着するにつれ、介護施設に男性の参入が増えた。そこで顕在化したのが介護労働者の低賃金。女性が家庭内で介護を担っていたときはアンペイドワークがあたりまえだったから、その延長線上に賃金構造ができあがり、離職者があとを絶たない。

 わたしも十数年、身内の介護で複数の有料老人ホームに通ったが、顔見知りになった職員がいつのまにか辞めていたこともしばしばだった。重労働なのに評価が低く、待遇も悪い。これではプライドと責任をもって働けないだろうし、介護されるほうも不安で落ち着かない。いま、この分野に外国人労働者の受け入れが進み、低賃金が固定化する恐れがある。

 介護の男性化は在宅でも増えた。夫が妻を、息子が親を介護するケースである。息子といっても、娘の夫、つまりムコが義父母の介護をするのではない。実の息子ということになるが、彼らによる殺人や無理心中、虐待が目立つようになった。妻や娘や嫁による同様の事案もあるが、担い手としての女の数(分母)の大きさから考えると、男性による事件の頻発は、男性介護の難しさをもの語っている。家事育児と介護は女がするものと極めつけて、知らんぷりをしてきた男性たちにツケがまわってきたのか。

 1990年の高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)は12・1%だったが、2000年には17%を超え、2018年には28・1%となった。介護するかされるか、誰にとっても人ごとではなくなった。性差を越えて協力していかなければならない時代がきた。(女性史研究者・江刺昭子)

(注)「高齢化社会をよくする女性の会」はのちに「高齢社会をよくする女性の会」に名称変更した。

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