早春の三浦半島巡り

 そろそろ冬にも飽きてきたころ。

 梅は咲いたか、桜はまだかいな。

 そんな淡い春の予感。

 日なたで植物を愛でたり、手足を思い切り動かしたりしたい。

 早春の気配を探しに、海を眺めに三浦半島へ行ってきた。

 “半島好き”の私としては、幼いころから親しみのある三浦半島。

 沖縄から友人が上京したので、どこかへ連れて行くには、早春の三浦半島がうってつけだと思ったのだ。

河津桜がいま見ごろの三浦半島

 ちょうど梅の季節、梅見をできればいいかも。

 でも、花より団子。

 いくつになっても食いしん坊の類は友を呼ぶ。

 「三浦といえばパン屋だろう!」ということで、まずは腹ごなしにパンを求めて国道134号線を南下した。

 今、三浦半島は“パン屋激戦区”との噂あり。

 「へー、そうなんだ」と聞き流していたが、調べてみると本当にその通りだったのでビックリした。

 「 思わず立ち寄りたくなる三浦半島のパン屋さん」

 「 海風に誘われて三浦半島ドライブでみつけた自然派パン屋」

 「 赤い電車に乗って〜ローカルバスの旅 三浦半島パン屋さん巡り」

 こんな見出しの記事やテレビ特番が目につく。

 ネットで地図検索すると、三浦半島にはいくつものパン屋が点在していて、それにも驚いた。

 三浦半島は、穏やかな海風のおかげで野菜は美味、三崎漁港に行けば種類豊富な魚はあるし、葉山牛も有名だ。

 しかも美味しいパンがあれば、海辺でも公園でもどこでもピクニック気分になれる。

 奇しくも、沖縄の友人の趣味は、天然酵母を使ったパン焼き。

 鎌倉のパラダイスアレイや富ヶ谷のルヴァン、下北沢のKAISOなど、天然酵母の美味しいパン屋をみつけると、あれこれお土産にしていた。

 でも、なるべくならその土地で食べてほしい。

 今回はそんな絶好の機会に恵まれた、まさに“三浦・春のパン祭り”だった。

引き戸をガラガラと開けて入る「三浦パン屋 充麦」

 三浦半島へ行くたびに立ち寄る、お気に入りのパン屋さん。逗子の友人が紹介してくれた「三浦パン屋 充麦(みつむぎ)」。

 この店のバゲット(フランスパン)を一口食べた瞬間、私はその味のトリコになった。

 噛めば噛むほど、まるでリズムのように小麦の味わいが楽しめる。

 店主は、もともと横須賀のドブ板通りでDJをやっていたという。

 DJが営む店だからか、店内のBGMもビートが効いている。

 祭囃子で踊ってしまう「いなかっぺ大将」の風大左衛門さながら、私も踊りたい衝動に駆られてしまう。なんとも不思議なパン屋だ。

 パン屋の朝は早い。

 「充麦」も、朝7時から開いている。

 午前中に行けばいいものの、呑気に昼ごろたどり着く。

 案の定、店内には先客たちが長蛇の列を作っていた。

 私のお気に入りは、バゲットとベーコンエピ。

 これらは人気商品らしく、すでに完売。

 「あれとこれと、あ、あれも!」と残っていたわずかのパンを品定めするそばから、どんどん売り切れてゆく。

 しかし、三浦のひとびとは優しい。「どうぞ」と、我々に三浦はちみつのクリームチーズパンをひとつ譲ってくれたりするのだから。

 小豆が福々しい大納言パン、細長いくるみクランベリーなど、美味しそうなパンを無事ゲットした我々は、辛抱できずにお外でちょいとつまみ食い。

自家製小麦で作ったビールと小麦の味を堪能する焼きたてパン

 「お、おいしい! わたしの好きな味、目指す味!」

 沖縄の友人が、リスのように膨らんだ頰をほころばせ喜んでいる。

 「小麦の味がダイレクトにくる、くる、くるー!」

 なぜかヒップホップの縦ノリのリズムをとって、もぐもぐとパンを堪能した。

 

 後に知ったことだが、「充麦」の自家製小麦は「ニシノカオリ」という九州沖縄農研センターが開発した小麦を使っているそうだ。

 また、店主が自らパン屋を始めるきっかけは、フランス・アビニョンで地産地消のパン屋に出会ったことだったとも。

 なるほど、「充麦」のパンがどこかフランスのエスプリを感じさせる理由や、全粒粉のバゲット、三浦産の野菜や卵など、限りなく地元で採れたものを使う理由が分かったような気がした。

 自家製小麦は、無農薬で草取りや近くの乗馬クラブからの馬糞などで堆肥を作るといった、彼のこだわりが味のリズムになって伝わってくる。

 「充麦」で“三浦・春のパン祭り”を堪能した我々は、葉山JAで葉山牛のメンチやコロッケを買い食いし、三浦大根や珍しい三浦野菜を買い込んで、いざ三崎口へ向かった。

三崎漁港に佇むひとびと

 「山本コータローの『岬めぐり』は、三崎についての歌なの?」と沖縄の友人が聞くので、「そうみたいだね〜」とテキトーに答えていた。

 調べて驚いたのが、この曲のレコーディングに山下達郎氏 率いるシュガー・ベイブの寺尾次郎氏がベースで参加していたことだ。(ゴダール作品の字幕で大変お世話になったあの寺尾氏である!)。

 私たちは鼻歌まじりに一路、三崎港へ。

 いつも通り「まるいち食堂」へ立ち寄り、干物や丸干しを買った。

 のら猫みたく尻尾を立てて上機嫌な我々は、城ヶ島大橋を見つけると、城ヶ島へ車を走らせた。

 「私、内地で離島に行くのは初めてかも」と沖縄の友人がつぶやく。 

 日本全国には多くの離島が存在する。

 城ヶ島はその中でも景勝を誇る観光地だ。特に、自然のままの南側の岩場が素晴らしい。小さい頃、あの岩場に立って、東映のマークみたいな波しぶきと意味もなく対決したのが懐かしい。

 黄色い菜の花が目に優しい城ヶ島をあとに、半島を三浦海岸方面へ。

 まるで2時間サスペンス劇場にでてくるような、鄙びた漁村を通り過ぎようとした途端、突然、私の“のら猫アンテナ”が、ピピピと反応した。

 「幼い頃両親を亡くした彼女は、この鄙びた漁村で祖父母に育てられたのね」

 そんな哀愁漂う女刑事のナレーションと回想場面のモノクロ映像を思わず想起させる、小さな入江の鄙びた漁村の風景だった。

 入江の潮風に誘われて奥の細道を入ってゆくと、小高い丘に華やいだピンク色の花が視界に飛び込んできた。

 猫のような足取りで急勾配の坂道を登ってゆくと、仲睦まじい先客が写真を撮っていた。

 「こちらの花は何ですかね?」

 「河津桜だと思います。上から眺めるともっと綺麗ですよ」

 私は浮腫でむくんだ重い足を引きずりながら、のらのらと上まであがると、そこにはピンク色の春が一面に広がっていた。

 目の前の小さな入江と河津桜。

 かすかに香る潮の香りとピンク色の桜。

 小さな入江の静まりかえった海を前に、こんなに華やいだ桜を見たのは生まれて初めてだった。

 三浦は今が河津桜の季節だそうだ。

 「河津桜」は読んで字の如く、河津でしか見られないのかと思っていた。

 自分の無知さ加減にも呆れたが、何も知らずに三浦を訪れた私もどうかしている。

 きっと半島が、そんな私を呼んだに違いない。

 「春が来たよ」と。

春の訪れを告げる河津桜

 海は、人を穏やかな気持ちにもさせ、海風は人を躍動させ、土にミネラルを与え、昆布や魚の天日干しにも一役買っている。

 私はある日、そんな早春の海で波乗りをしてみた。

 泳ぐにはまだ早い、冷たい海水。

 それでも、陽がさんさんと照ると、水面には無数の光のクロスが私を迎えてくれているように、きらきらと煌めいている。

 風はオフショア、あるいは無風。

 時折来る波を待つ。波を待つのも波乗りのうちと、波乗り友達が教えてくれた。

早春の波に乗る

 波を待っている間、海に浮かぶ板の上でここからしか見られない風景を眺める。 

 小さい波がきた。なんとか後ろから板を押してもらい、うまく乗ろうとする私。

 一生懸命重い足を踏ん張って板に立とうとするも、何度も波にのまれ、巻かれた。

 「さあ、何度か波に巻かれるうちに、楽しくなりますよ。どんどん巻かれましょう!」

 波に巻かれるという行為。最初は怖いのだが、慣れてくるとこれがなかなか楽しい。ぐるぐると洗濯槽で洗い流される感覚にも似ている。

 しかもでんぐり返っているうちに“強制鼻うがい”もできる。

 幼い頃、さんざん波にのまれた海水浴のように何度も海に巻かれてみる。

 すると、うまく乗ろうとか板に立とうとか、日頃抱えている苦悩も脚の痛みもどうでもよくなってくる。

 私のポンコツ人生そのもの、波と私だけの「今」という時間。

 その波に乗る瞬間がすべてなのだ。

 波乗り好きの友人曰く、波がきて押されたら、もうそれは“波に乗った”ことになるという。

 「乗れない波乗り協会会長」を名乗ってきたが、私はその日、ゆるやかにきた波に押され、確かに波に乗ったのだ。

 春が来る。

 新しい季節の波に、笑顔を乗せてゆこうじゃないの。

 新しい波が来たら、乗ろうじゃないの!

楽しかった早春の海遊び

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