オープン戦初戦で「7番・左翼」で先発し、右前2点適時打を放ったイチロー
前日の試合が降雨のため中止で成立せず、22日(日本時間23日)のアスレチックス戦がマリナーズにとってのオープン戦初戦となった。3月の東京開催試合でぶつかる相手にイチローは「7番・左翼」で先発すると、3回2死満塁の絶好機で迎えた2打席目で右前へ2点適時打を放った。カウント2-2からの5球目、91マイル(約146キロ)の内角高め直球に最後、左手をかぶせるようにして振り抜いた。
気温5度。吐く息は真っ白の凍えるような寒さの中で、5000人を超える観客はこの一打に歓喜。「気持ちは嬉しい」と素直に喜んだイチローだったが、こんな不満も口にした。
「あのヒットではちょっと恥ずかしい。恥ずかしいというか、そらぁきれいな方がいいんだけどね……」
昨年5月2日を最後にイチローはプレーできない立場となり、この試合が296日ぶりの実戦復帰だった。そのブランクを感じさせない目の覚めるような当たりを狙っていたのだろうか。しかし、イチローが費やした“空白の9か月”を思うと、正直、額面通りには受け取りづらい。
プレーを断念した翌5月3日の会見で、イチローは「日々鍛錬を重ねることでどうなれるのかを見てみたいという興味が大きい」と発言。昨季の5月以降は、試合前のフリー打撃と試合中の室内ケージが自身の打撃感覚を維持するための場となっていた。取材者が立ち入れない密室は選手にとっては聖域である。そこでの練習に、走者を置いた場面設定や、カウント別の打撃を行うなどの工夫もあったのではないか……。
実戦復帰した率直な思い「この緊張感は今日だけのものと思う」
誘発された想念をぶつけたのは咋夏、ダイヤモンドバックスの遠征地チェイスフィールドのロッカーだった。
イチローの表情は微かに強張り、こう切り返してきた。
「なんのためにですか!?」
その一言に、受け太刀になるしかなかった。
そう、イチローは来るボールを打ち続ける単純な作業をただひたすらに繰り返し、本来の感覚を錆びつかせることなく維持し続けてきたのである。そして“鍛錬”がどんな答えを出せるのか……。恐らく、イチローの胸奥にはずっとそんな不安が付きまとっていたはずだ。
298日ぶりに実戦復帰した率直な思いをイチローはこう紡いでいる。
「最初に(日本から)来た時とも違う。(今まで経験した)どれとも違う初めての緊張感だと思う。この緊張感は今日だけのものと思う」
バットをへし折られながらも野手のいない所に落とせた1本は「空白の9か月」を乗り越えた強靭な意志と錆び付かせなかった技術の結実である。「今日だけの緊張感」を解きほぐしたイチローはこう結んだ――。
「次はどうゲームの感覚を取り戻すかというステップですね」(木崎英夫 / Hideo Kizaki)