保育士の労働環境 大学で学んだ保育の理想、打ち砕かれる 低賃金、仕事の負担も重く 3カ月で離職、心身とも限界

子育てを支える保育士。賃金の底上げなど待遇改善が求められている=長崎県長崎市内

 少子化対策が喫緊の課題となる中、子育てを支える保育現場は働き手の人材不足に陥っている。実は、資格を持っていても保育士の仕事に就いていない「潜在保育士」が長崎県でも多い。背景には保育士の給与の低さ、多忙さといった保育現場の課題が横たわっている。現状を取材した。

 ■睡眠3時間

 「あんなに好きだった子どもが嫌いになった。もう保育士は一生できないと思った」。20代の上野彩華さん(仮名)は数年前、就職したばかりの長崎県内の保育園をわずか3カ月で辞めた。

 一人一人に寄り添い、全員が楽しく-。大学で学んだ保育の理想は打ち砕かれた。新卒で1人で学級担任を任され、午前6時半から午後7時ごろまで休む暇はない。子どもたちが昼寝している間も事務作業が待っていた。クラス全員分の指導計画を含む書類の作成などは家に持ち帰り、睡眠時間は毎日3時間ほど。業務は多忙を極めたが、残業代は出なかった。余裕がないのは同僚も同じで、周囲に頼ることもできない。仕事が間に合わず、上司にしかられる日が続いた。

 ある日。いつものように出勤したはずだったが、気が付くと、職場から離れた公園にポツンといた。どうやってここにたどり着いたのか全く覚えていない。ぼんやりとした意識の中、職場からの携帯電話が鳴った。体も心も限界だった。もう元に戻ることはできないと静かに悟った。数日後、仕事を辞めた。

 長崎県によると、長崎県内に20~40代の潜在保育士は約7500人(2016年時点)と推定。2016年、長崎県が長崎県内の潜在保育士に実施したアンケートでは、再就職したくない理由として「賃金が希望と合わない」「自身の健康・体力への不安」「休暇が少ない」などの回答が並んだ。厚生労働省の賃金構造基本統計調査(17年、サンプル抽出方式)結果を見ると、長崎県内で働く全職種の平均月収が27万8千円なのに対し、フルタイムで勤務する女性保育士は同21万9千円だった。

 ■制度改善を

 自治体は園児数に応じた額を各園に給付している。だが、長崎市保育会の柿田正会長(53)によると、現状でも保育施設の支出の7~8割が人件費。「給付金が増えない限り、経営努力には限界がある」と打ち明ける。

 一方、仕事の負担の重さを訴える声も相次ぐ。東京都が2014年に実施した調査によると、保育士が職場に改善を求めたい項目として「職員数の増員」「事務・雑務の軽減」などが多かった。保育士の人員配置は、国の配置基準で▽0歳児3人▽1、2歳児6人▽3歳児20人▽4、5歳児30人-に対して各1人と定められている。柿田会長はこの基準についても「1人で30人はとても対応できない。制度の改善が必要だ」と訴える。

 こうした労働環境の中、保育士の人材不足は深刻だ。2018年の長崎県調査によると、長崎県内の保育施設475カ所で、求人数に対して採用できなかった人数は計約270人を数えた。

 ■警鐘鳴らす

 保育士不足は子育て環境の整備の支障となる。長崎県内の待機児童(2018年4月時点)は157人。長崎県保育協会の本田哲朗事務局長(65)は「待機児童を解消しようと施設を造っても保育士がいなければ意味がない」と指摘し、「(保育士不足や経営難で)保育施設がなくなると、その地域に子育て世帯は住めなくなる。保育施設は地域の最後のとりでだ」と警鐘を鳴らす。

 長崎県は新年度当初予算案で人口減少対策の柱の一つに「結婚・出産・子育て支援の強化」を掲げ、保育人材の確保に5600万円を計上した。長崎県によると、保育士・保育所支援センターの人材確保システムの改良や、人材確保の方法について話し合う「待機児童対策協議会」の新設など、本腰を入れる構えだ。

 保育士の待遇改善に向けては、保育施設の取り組みも欠かせない。柿田会長が経営する滑石センター保育園(長崎県長崎市滑石3丁目)では、経費のやりくりで全ての学級で複数担任制を採用し、職員が有給休暇を取得しやすい環境づくりに取り組んでいる。「人手不足である以上、職員の定着率をいかに上げるかを考えないといけない」と言う。

 上野さんは現在、別の保育所で再就職し、数年になる。大変なこともあるが、やりがいも感じている今、改めて思う。「保育士や保育施設に余裕がないとだめ。全部子どもに響いてしまう」

 ■子どもにとって最後のとりで/白梅学園大・短期大学長・近藤幹生教授(65)=保育学=

 保育士不足の最も大きな原因は労働条件の厳しさだ。他の職種と比べて給与は低いが、仕事量は多い。近年は共働き世帯の増加などに伴い、勤務が長時間化しやすい。その結果、保育士同士の話し合いや事務作業、休憩時間の確保が難しくなっている。

 保育は「女性が片手間にやる」という捉え方が長く続き、保育士がようやく国家資格になったのは2001年だった。保育士が専門職として認識されるのに時間を要したことも、待遇の悪さに影響している。

 保育施設の支出に占める人件費の割合は7~8割だが、そもそも給付金の算出根拠になる公定価格が高くない。待遇の悪さは国もようやく認めるようになり、キャリアアップ研修制度が導入。専門研修を受講すれば給与が上乗せされるようになった。ただ、保育士全員の処遇改善にはつながっていない。

 保育士の人員配置にも課題はある。国の配置基準では一人一人の負担が大きいのが実情。基準自体を見直す必要がある。

 近年は児童虐待や障害がある子ども、外国籍の子どもへの対応なども必要だ。専門機関と連携しながら取り組まなければならないが、そのためにも金銭的、時間的なゆとりが要る。

 保育施設はいまや、子どもが思いきり泣いたり笑ったりできる最後のとりでではないだろうか。保育士は専門職。子どもの成長を喜ぶことができる素晴らしい職業だ。厳しい環境の中でも現場の保育士は一生懸命働いている。保育現場に対する国や行政の財政的な支援が求められる。

 ■潜在的人材 100人が就職/長崎県保育士・保育所支援センター促進 

 長崎県は潜在保育士の再就職を促そうと、2013年に長崎県保育士・保育所支援センター(長崎県長崎市茂里町)を設立。これまで約100人の就職につなげた。

 センターは潜在保育士を登録する「保育人材バンク」を運用。就職をすぐにしたい人は求職票、いずれしたい人は保育人材登録票を提出してもらい、就職や研修に関する情報を発信している。人材バンクには1月時点で約350人が登録。就職希望者にはコーディネーターが条件をヒアリングし、希望に沿った保育施設を紹介している。

 ただ、保育施設からの求人情報は2017年度だけで184件272人分。就職支援が追いついていないのも現状だ。コーディネーターの花田めぐみさん(48)は「再就職については不安なことも多いと思うが、一人で悩まずに気軽に相談してほしい」と話す。同センター(電095.894.5801)。

長崎県内の女性保育士の月収の推移
相談に応じる花田さん=長崎県長崎市、県保育士・保育所支援センター

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