自由と平等を求めて闘ったふたりのアナーキスト・映画「金子文子と朴烈」主演:チェ・ヒソ

国境を越えて作られた映画

1923年、東京。ふたりの若いアナーキストが出会うところから物語は始まる。社会主義者たちが集う有楽町のおでん屋で働く19歳の金子文子は、同人誌に載っていた「犬ころ」という詩に心を奪われる。この詩を書いたのは朝鮮人アナーキストの朴烈だった。出会ってすぐに恋に落ちたふたりは、唯一無二の同志、そして恋人として共に生きることを決意し、仲間の日本人と在日朝鮮人によるアナーキスト組織「不逞社」を結成した。しかし同年9月1日、日本列島を襲った関東大震災により、ふたりの運命は大きなうねりの中に巻き込まれていく。

「あまり知られておらず、真意を見抜きにくい人物の生涯に、スポットライトを当てる映画を作りたかった」とイ・ジュンイク監督が言っている通り、歴史上の人物としての朴烈と金子文子はそれほど一般的に知られているわけではない。

チェ 私はそれまで金子文子のことは知らなかったのですが、撮影前、監督は「この映画は金子文子なしには作れないから、この役がとても重要なんだ」と言いました。だから撮影に入る前に彼女の自伝や裁判記録を何度も読み、内面的に彼女を吸収する作業が必要でした。一人で役作りをするのはとても難しかったけど、同時にそれはとても面白い作業で、俳優としても貴重な経験になりました。

震災後、混乱状態の東京には様々な流言(デマ)が広がったが、その中に「朝鮮人が井戸に毒を入れ、暴動を起こしている」というものがあった。民衆の不満が統治者に向かうことを怖れた政府は、このデマを利用して直ちに戒厳令を発令。戒厳令下で、軍や自警団による朝鮮人大虐殺が発生し、多くの罪のない朝鮮人が殺された。被害者の総数はいまも不明だが、数千人に及ぶ朝鮮人と中国人(そして朝鮮人と間違えられた日本人)が虐殺されたと見られている。日本政府は国際社会からの非難を避けるため事件の隠蔽を画策し、不逞朝鮮人が天皇陛下の暗殺を企てたというフレームアップを作り上げた。そして、たまたま拘束中だった「不逞社」を率いる朴烈と金子文子がその標的として選ばれたのだ。政府の陰謀に気づいた朴烈と文子は、あえてこの筋書きに乗って裁判闘争を仕掛ける。日本の残虐行為に国際社会の目を向けさせることが狙いだった。それは自分達が死刑になることをも覚悟した、文字通り命がけの闘いだった。

チェ 弾圧の激しい時代に自分自身の思想を持って行動にうつすことができたというのは本当にすごいことだと思います。文子は、少女時代、非常に貧しい生活の中で虐待されて育ったのですが、それをバネにして権力に向かって最後まで闘い続けた。彼女のような女性がかつて存在したこと自体が素晴らしいと思います。

金子文子という力強い女性をチェ・ヒソは実に魅力的に演じていて、震災と虐殺を扱った重い映画を優れたエンターテイメント作品に仕上げている。実際の文子も明るい女性だったが、自伝には彼女が幼い時に親に見捨てられ、学校にも通えず、祖父母から虐待された悲惨な少女時代のことが赤裸々に書かれている。

チェ文子は日常生活では明るく活発な女性なんですが、その内側には思い出したくないような暗い過去があります。映画の中では彼女の生い立ちについてほとんど描かれてないので、その分、文子の心の中を私の内面にしっかりと意識して演じるように心がけていました。

一方、朴烈もまた権力に屈しない強靱な精神を持った人物だった。イ・ジュンイク監督が「アナーキストである朴烈は民族主義者とは大きく違い、人間対人間という公明正大な視点に基づく価値観で生きていました。私は、《悪の日本 対 善の朝鮮》というような対立構造の映画にはしたくなかったのです」と言う通り、この映画は単純な反日映画ではなく、自由と平等を求めて闘う人間の不屈の姿を描いている。

チェこの映画自体が文子と朴烈の物語のように国境を越えて作られた映画だと思います。たくさんの資料を集め、細かい考証に基づいて脚本を作ったのはもちろん、感情的ではなく理性的な作品を作りたいという監督の意図をスタッフも出演者も共有していました。映画の中には、文子をはじめ、朴烈と一緒に闘った不逞社の仲間達や、朝鮮人や虐げられた庶民のために裁判で弁護を引き受けた布施辰治も登場します。決して反日的な内容ではなく、非常に意義のある映画だと思います。

色あせない金子文子の平等思想

金子文子は陳述調書の中で「人間は人間として、平等であらねばなりません」と堂々と語っている通り、人間の平等について非常に先進的な思想を持っていた。文子と朴烈が同棲する時に交わした3つの約束は映画の中でも重要なシーンとして描かれている。

チェ「同志として認めないなら一緒にいられない」という二人の約束は、今の時代でもすごく意味のあるメッセージだと思います。彼女が自ら文章を書いて、同居の際、朴烈にこれに同意できるかどうかを聞いたことが素晴らしいですね。この約束は裁判記録にそのまま載っているんですが、とても大事な言葉なので、私が韓国語に翻訳して映画の中にも出てきます。

今も男女平等に関しては日本も韓国も先進国としては非常に遅れている。毎年発表される世界各国の男女平等ランキング(ジェンダーギャップ指数)でみても、日本は149カ国中110位、韓国は115位だ。韓国ではこの映画が「#MeToo運動」の文脈でも評価されているという。

チェ「#MeToo運動」は韓国でもかなり影響が大きくて、芸能界はもちろんスポーツ界にもこの運動が広がっています。『金子文子と朴烈』はまさにそういうタイミングで公開されたのです。だから、この映画を観た男性も女性も、あの時代に文子のような聡明で平等を主張した女性がいたということは大きな驚きと共に高く評価されました。今でもSNSなどには「#MeToo」と一緒に文子の言葉が引用されたり、映画の中で私が演じている文子の場面がアップされています。また映画公開後に金子文子の本が韓国語に翻訳されて、とても売れていると聞きました。昨年は文子に韓国の勲章も授与されました。そういう意味では歴史を変えた映画と言えるかもしれません。

現在、政治的な緊張状態にある日本と韓国だが、その一方で文化的な交流はかつてないほど広がっている。イ・ジュンイク監督はこの映画が日本で上映されることを意識して作ったという。「懸案を隠しても関係は悪くなるだけだ。『金子文子と朴烈』は日本と韓国の和解の契機になる映画と思っている」

チェ私は父の仕事の都合で小学生の頃、大阪に5年間住んでいました。だから『金子文子と朴烈』が大阪アジアン映画祭で初上映されたことに大きな縁を感じました。映画祭には当時の小学校の先生も観に来てくれて、上映後にお会いした時には泣いていました。ああ、何か伝わったんだなと思うと、すごく嬉しかったですね。

今回、映画が全国公開されることになって、私が日本で取材を受けることを応援してくれる人がたくさんいます。日韓関係の問題については韓国にも感情的に反応する人は多いので、バッシングされることも覚悟しています。ただ、この映画は朴烈事件を感情的ではなく理性的に描こうとした作品なので、是非たくさんの人達に見て欲しいです。

金子文子を演じたチェ・ヒソ

© 有限会社ルーフトップ