【平成の長崎】イシグロさんに名誉称号 知事と長崎市長 ロンドンで授与

平成30(2018)年

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 長崎県と長崎市は7月3日、昨年12月にノーベル文学賞を受賞した同市出身の英国人作家カズオ・イシグロさん(63)に対する名誉県民、名誉市民称号の授与式をロンドンで開いた。中村法道知事と田上富久市長からそれぞれ証書を受け取ったイシグロさんは「長崎はいつも私の一部であり、名誉称号を受けるのはある意味で自然なことと感じる。これまでいろんな賞をもらったが、今回の名誉称号は特別で心温まる」と述べ、謝意を示した。

 イシグロさんは1954年、長崎市で長崎海洋気象台(現長崎地方気象台)勤務の父・鎮雄さん(故人)と母・静子さんの間に生まれ、5歳の時に父の仕事の関係により一家で渡英した。小説などの作品は英語で執筆している。82年に発表した最初の長編小説「遠い山なみの光」は原爆投下後の長崎が舞台となっている。

 式で、イシグロさんは長崎について「子どものころ過ごした町であり、平和を希求する町でもある」と表現した。今でも「(海外で)急な坂を見ると長崎の坂を思い出す。ケーブルカーに乗れば稲佐山、おもちゃ屋の音を聞くとおじいちゃんに連れて行ってもらった浜屋を思い出す」と語った。

 一方、現在90代の母・静子さんが長崎原爆の被爆者であることに言及。原爆の惨禍は「二度と起こってはならないことだ」とし、「今日の不確実な世界において、長崎は大きな危険がわれわれを脅かしていることに警鐘を鳴らし、平和に導く特別な責務がある」と強調した。

 長崎県と長崎市は今年3月、イシグロさんのノーベル文学賞受賞を受けそれぞれ名誉県民、名誉市民に選定していた。ただイシグロさんは新作執筆に伴い来日が困難なため中村知事と田上市長が渡英し、証書と記念品を直接手渡すことにした。

 式で中村知事は「ノーベル賞受賞は県民にとどまらず日本国民に勇気と希望を与えており、敬意を表する。来日する機会があれば県民と触れ合う機会を設けてほしい」とあいさつした。田上市長も「(名誉称号の授与は)市民全員の思いと受け取ってほしい」と述べ、2年後の被爆75年の節目に、長崎市で開く平和祈念式典に参列してほしいと呼び掛けた。

 ■イシグロさん「核の存在に危機感」 後世への継承にも言及

 長崎県長崎市出身の英国人作家カズオ・イシグロさん(63)が3日、ロンドンで長崎新聞社などのインタビューに応じた。日本が被爆国でありながら、米国の「核の傘」に守られ、国連で昨年採択された核兵器禁止条約に署名、批准していないことについて「答える立場にはない」としつつ「核兵器の存在に危機感を覚える。今後は核廃絶を求める時代であり、私たちも求めたい」と述べた。

 一方、核禁条約採択に貢献した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が昨年、ノーベル平和賞を受賞したことは「とてもうれしい」と語った。

 被爆者の高齢化が進んでいることに関連し「アウシュビッツもそうだが、後世の人たちは被害に遭った人たちのことを理解しないといけない。後世が新鮮に感じられるようにこれまでと同じ方法で伝えるべきか、違う方法にすべきかは共通の課題だ」との認識を示した。

 【略歴】カズオ・イシグロ 1954年11月8日、長崎市生まれ。60年渡英。ケント大で英文学と哲学を専攻。イースト・アングリア大大学院の創作科に進み、81年に短編小説で作家デビューした。長編は、英国執事が主人公の「日の名残(なご)り」(89年)が英国で最も権威がある文学賞のブッカー賞を受賞。クローン技術が題材の「わたしを離さないで」(2005年)は日本でテレビドラマ化された。今年4月に日本の旭日重光章を受章。英政府は6月「ナイト爵位」を授与すると発表した。
(平成30年7月4日付長崎新聞より)
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【平成の長崎】は長崎県内の平成30年間を写真で振り返る特別企画です。

長崎新聞社などのインタビューに答え、原爆や平和問題について語るカズオ・イシグロさん=ロンドン