就任1年目で甲子園導いた啓新監督

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選手一人一人に合わせた指導を心掛ける植松照智監督(中央)=福井県福井市の啓新高室内練習場

 1月25日。センバツ出場の吉報が届き、沸き返る選手たちを植松照智監督は目を細めて見守っていた。「監督就任1年目で甲子園に行けるとは。正直、驚いていますよ」

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 2018年1月。大八木前監督の退任により部長から監督になった。東海大甲府(山梨)を計3度、甲子園4強に導いた名将からのバトンタッチ。重圧はあったが「これからどうなるのか、わくわくしていた」と振り返る。

 野球王国である神奈川県の相洋高で主将を務め、関東学院大でも野球に打ち込んだ。卒業後は民間企業に就職したが、野球への情熱は消えなかった。「いつかは指導者になりたい」。そう思うも“いつか”は来ないまま10年間がたった。

 転機は訪れた。12年、高校時代の恩師である大八木さんが新設された啓新高野球部の監督に就任。自主的にその練習を手伝うようになると1年後、大八木さんからオファーを受ける。「指導者になりたいか」。迷いはなかった。

 13年春。部長となり、指導者人生が始まった。「指導について、一から自分で考えていたらパンクしていた。とにかく大八木先生の教えを吸収しようと必死でした」。技術指導はもちろん、部員に向き合う姿勢からすべてを学んだ。「野球にも生徒にも、とことん真剣な人だった。情熱を持つことの大切さを感じた」

 “大八木イズム”を継承し、昨年38歳で監督に就いた。しかし、初采配となった春の県大会は準決勝で敗れ、夏は準々決勝で散った。「気が付いたことはすべて口に出し、厳しい指導をした。自分が前のめりになっていた」と深く反省する。だからこそ世代が交代してからは、常に一歩引いてチームを見ている。

 「練習中でも試合中でも一人一人感じるものは違う。自ら考え、行動できる人間を育てたい」。そんな指揮官の思いは着実にチームに浸透してきた。穴水主将は「戦うのは自分たちという意識は強いし、一人一人が自分に責任を持っている」と堂々と口にする。

 3月、選手にとっても、監督にとっても初めてとなる甲子園のグラウンドに立つ。念願の舞台に向けても「やることは一緒。地に足をつけて準備したい」と指揮官は言う。聖地でどんな戦いを見せてくれるのか。創部7年目にして、新たな挑戦を迎える。

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 福井県の啓新高校が春夏を通じて初の甲子園切符をつかんだ。戦う姿勢、投打の分析、指導者の育成方法などから、チームの強さに迫る。