【MLB】サイ・ヤング賞の初代受賞者ドン・ニューカム氏 黒人初のMVP投手、中日でもプレー

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昨季大谷翔平とも会話を交わしていたドン・ニューカム氏(右)【写真:Getty Images】

1956年に27勝を挙げMVP、この年から制定されたサイ・ヤング賞を受賞

 2月19日、黒人初のMVP投手であり、ジャッキー・ロビンソンらと黒人メジャー選手のパイオニアとして活躍したドン・ニューカム氏が亡くなった。92歳だった。

 1926年ニュージャージー州の生まれ。1944年に二グロ・ナショナル・リーグの名門、ニューアーク・イーグルスに投手として入団。193センチ99キロと当時としてはずば抜けて大柄で、目立つ存在だった。チームメイトには、のちにアメリカン・リーグ初の黒人選手となるラリー・ドビーがいた。1946年、ブルックリン・ドジャースのブランチ・リッキー会長にスカウトされドジャース傘下のマイナーへ。ジャッキー・ロビンソンとは1年遅れだった。

 ロビンソンは47年にはメジャーに昇格するが、ニューカムは2年遅れの1949年。前年、ニグロリーグのレジェンド、サチェル・ペイジがMLBで投げていたが、ニューカムはそれに続く二人目のMLB黒人投手だった。

 2年目に19勝、3年目の1951年には20勝を挙げるが、翌1952年から2年間、朝鮮戦争で軍務に就く。復員後の1954年からも先発で活躍し、1956年には27勝7敗、防御率3.06でMVPに輝いた。またこの年から制定されたサイ・ヤング賞の初代受賞者となった。

 しかし翌57年は11勝、ドジャースがニューヨークから西海岸のロサンゼルスに移転した1958年は開幕から6連敗。台頭したサンディ・コーファックスやドン・ドライスデールの前に影が薄くなる。このシーズン途中にレッズにトレードされ1959年には13勝を挙げるが、翌1960年シーズン中にインディアンスに移籍。しかし成績不振で61年1月にリリースされる。この年に古巣ドジャースに復帰するもメジャー昇格ならず。

 この年限りで引退したが、翌、1962年、中日のスカウトの誘いで、ラリー・ドビーとともに来日。投手としては起用できず外野手での契約だった。ニューカムはMLBで15本塁打するなど、好打者としても知られていた。NPBでの登録名は「ニューク」しかし、すでに39歳。活躍することはできず1年で退団し、引退した。

 MLBでの通算成績は344試合294先発149勝90敗、2154.2回、防御率3.56、MVP1回、サイ・ヤング賞1回、オールスター選出4回、奪三振王1回。NPBでは81試合279打数73安打12本塁打43打点、打率.262だった。投手としても1試合登板したが4回を投げて自責点2、勝敗つかず。

 殿堂入りはならなかったが、ジャッキー・ロビンソンと前後してMLB入りした黒人メジャーリーガー第一世代の最後の生き残り。歴史的な存在だった。(広尾晃 / Koh Hiroo)