のら猫沖縄上映大作戦 『君の笑顔に会いたくて』の巻

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春色の装いで南国の島へ渡る映画伝道師

 米アカデミー賞授賞式とともに、私の中で「映画シーズン」が開幕する。

 1月サンダンス映画祭、2月ベルリン映画祭、4月香港映画祭、そして5月にはあのカンヌ映画祭もある。

 1年中、世界のどこかで映画祭は盛り上がっている。

 アカデミー賞が全てじゃないけれど、この授賞式の前後から、私の映画づけの1年が始まるように感じるのだ。

 映画祭の下馬評で周囲が盛り上がったり、自分も予想して楽しんだりしていると、映画を見に映画館へ足を運ぶ人が増えるのではないかなと期待してみたりする。

 毎年世界中で様々な映画が誕生する中、数奇な運命を辿る映画というものが世の中には存在する。

 私のデビュー作も、数奇な運命を辿って誕生した映画だった。

 完成したものの、鈴木清順監督の『殺しの烙印』よろしく〝お蔵入り〟の烙印を押された。長らくフィルムは倉庫の中で眠る運命に。

 そのフィルムを、監督が所属するディレクターズ・カンパニー(通称ディレカン)と私の所属するエピック・ソニーが買い取った。

 しかし、劇場公開するには少々「尺」が足りないので、ビデオカメラで追加撮影した映像を足して完成させた。

 息吹を込め、タイトルも新たに、渋谷パルコ劇場での公開にこぎ着けることができたのだった。『ドレミファ娘の血は騒ぐ』(1985年・黒沢清監督)の話である。

 ふと考えるに、その運命はまるでフィルム・ノワールさながらだった。

 数々のひとびとが交錯し、終いにはフィルムそのものがにょろにょろと蛇行。するするトグロを巻いたかと思いきや、知らぬ間に映写機にかかって暗闇に映写され、ひとびとを魅了するというストーリー。

 まるで映画に出てくるような運命を背負って誕生し、今も愛され続けている作品だ。

 数奇な運命を辿る映画作品は世界中に数多くあるだろう。

 多くの観客の目に届かない作品や、一切劇場公開しない作品もある。 

 今回のアカデミー賞に最多ノミニーされた『ROMA/ローマ』がそうだ。NETFLIX製作・オンライン配信オンリー。

 これはとてつもない名作なので劇場公開を望むばかりだ。

主演映画が念願の沖縄上映

 先ごろ私が主演したスローシネマ『君の笑顔に会いたくて』(2018年・植田中監督)も数奇な運命の作品になるのかもしれない。

 スローシネマとは、私も聞き慣れぬ言葉だった。

 数年かけて地域上映会を行っていく公開方式のことで、東日本大震災支援を担うため、「地域と家族の再生」をテーマに発足したそうだ。

 

 主な上映場所は、各地のホールや公共施設。

 大手配給を通して映画館で上映しなくても、多くの観客に見てもらい、地域に作品を根付かせることを目指している。また、映画を志す製作者たちの新しい発表の場としても期待されているという。

 特に今回の映画では、少年たちの更生や保護司の役割について、いろいろな地域のひとびとに少しでも知ってほしいのだ。

 それは国内のみならず、日本の今を知ってもらうために、世界へも。

 宮城県名取市を中心にロケが行われた今作は、名取市の先行上映をはじめ、全国各地の文化会館や公民館などで上映されてきた。

 私は、渋谷「ユーロスペース」や神戸「元町映画館」での上映の際、単身会場へ出向き〝突撃舞台挨拶〟を行った。

 周囲からは「DIY女優・洞口依子の草の根活動」とも言われている。自分流に言えば「のら猫大作戦」。

 そして遂に、自分の主演作品が沖縄上映されるということで、最大のミッション「のら猫大作戦~女優 洞口依子・沖縄舞台挨拶~」は決行された。

シーサーと記念撮影

  この沖縄上映を知ったのは、沖縄のイベント情報サイト『ぴらつか暦』だった。

 沖縄の「NPO法人シネマラボ突貫小僧」を通じて、その情報の詳細をキャッチ。

 直ちに、上映を主催する沖縄県保護司会に連絡を入れた。

 保護司という仕事が忙しいのを、役を通して知っていたので、メールで連絡してみた。

 返信は素っ気なかった。どうやら警戒されたらしい。

 「チケットのお問い合わせでしたら直接お電話くださ~い」

 それも当然だ。いきなり「洞口です!」とメールしても怪しすぎる。

 電話に切り替えたが、先方は主演女優である私が直に連絡してきている状況がよく飲み込めない様子だった。

 〝オレオレ詐欺〟ではないが、タチの悪いいたずらかと思うみたいに。

 私はきちんと事情を話すと、舞台挨拶のために女優自らがわざわざ自腹で来沖するという状況が次第に理解できて驚いた様子だった。

 そこからは私はひとり、目を皿にして航空券やホテルを探して手配し、当日の予定、衣装やなんやかんやと那覇滞在のすべてを整えた。

 とにかく飛んでいけば、あとはどうにかなるだろう。

 さらに心強いことに、沖縄には愉快なトモダチがいる。

 赤塚不二夫のマンガに出てくる「チビ太」が私に似ている、という知人がいる。

 おでんを片手に口笛を吹けば、メリケン原っぱの土管から昭和の子どもみたいなトモダチがのらのら出てきて、沖縄のあちこちで作戦を仕掛けてくれる。今回も、彼らの威力を後で思い知るのであった。

頼もしいオキナワの愉快な仲間たち

 会場は、西原地区という琉球大学の近くというにはちょいと遠い、私のお気に入りのそば店「沖縄すば・ちょーでーぐぁ」の近くにある「さわふじ未来ホール」。座席数500ほどの大ホールだという。

 500名? そんなにお客さんが入るのだろうか、しかも連休の1日2回上映だ。正直、不安でならなかった。

 沖縄県保護司会の方々は連携プレーで集客や宣伝を精力的に頑張ってくださった。

 愉快なトモダチは、あらゆるメディアへ片っ端から連絡して宣伝しまくってくれた。

 当日まで集客の不安は募ったが、「きっとうまく行く」。そう信じて当日を迎えた。

緊張の舞台挨拶

 私は赤の衣裳と黒のジャケットスーツで登壇。

 エナメルのドレスシューズが浮腫んだ足にキツかったが、コツコツとヒールの甲高い音が鳴るたびに、女優魂が漲った。

 場内の片隅で佇みながら上映を見守る中、感極まってすすり泣く声があちこちから聞こえてきた。

 上映後、舞台挨拶。

 なにか言葉にしようとした瞬間に言葉が一瞬詰まった。

 大勢のお客さんが映画を見て、さらに目の前にいる私の姿を見て、本当に感動してくださっている。それだけでもう感無量だった。

 「この映画を少しでも多くの方に見ていただきたくて、ひとりで沖縄に来ました。いつも私は〝海〟に守られているような気がします」。確かそんなことを言った。

 宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)の海と沖縄の海は、環太平洋でたゆたゆと繋がっていると感じていたからだ。

 海に入った映画のクライマックス。

 左足の浮腫や、津波で亡くなった親族のこと、いろんな思いを抱え、まさに体当たりで挑んだ主演映画。

 子宮を失った私を沖縄の大きな海がそっと癒してくれたこと。

 そう、私はいつも海に助けられていたんだなって。

 沖縄の観客の皆さんを前に、ちょっと感極まって涙があふれそうになった舞台挨拶。

 結局、午前と午後の部、600名近くのお客様が足を運んでくださった。

 「大成功ですよ!」。保護司会の方々もみなさん笑顔で喜んでくださった。  

 取材に来た沖縄のテレビ報道局の方も、報道特集できちんと取り上げたいと申し出てくださり、畏れず胸を張り舞台に上がって本当に良かったと思っている。

みなさんの笑顔に会えた!

 そして、来場の方々の笑顔を受けてこちらも笑顔で見送れたことが何よりも嬉しかった。

 沖縄のみならず、更生保護のことをもっと知ってほしいという声もある。

 「どうやったら保護司になれるの?」

 「今作は洞口依子の新境地! 他の劇場で上映しないなんてもったいない!」という称賛の声までいただいた。

 

 こうして、最大のミッション「のら猫大作戦~女優 洞口依子・沖縄舞台挨拶~」は完了。

 今回は映画館じゃなかったけれど、いつかまた沖縄のどこかの映画館で上映されることをひたひたと狙いつつ。きっとまたいつか。

 そう。キュアロン監督の『ROMA/ローマ』だって、いつかきっと劇場で見られることを祈って。

 沖縄の土産話は次号で。(女優・洞口依子)

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