「巨人キラー」安仁屋さんら 甲子園に導いた師の墓参り

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 1962年、高校野球夏の甲子園大会の九州予選を勝ち抜き、沖縄から初めて自力出場を果たした沖縄高校(現・沖縄尚学高校)で監督を務めた故上里正光さんの墓が、このほど改修された。26日、プロ野球広島の元投手で「巨人キラー」の異名を取った安仁屋宗八さん(74)ら3~12期生の教え子約20人が読谷村渡具知にある墓に集まり、改修を祝うとともに旧交を温めた。

 春夏通じ沖縄高を2度の甲子園に導いた上里さんは71年に死去した。昨年6月、安仁屋さんが県大会始球式で帰郷した際、後輩の仲村渠善造さん(68)が「監督が亡くなって半世紀近くになる。皆で集まろう」と提案。上里さんの眠る墓が今年1月、コンクリートの地面を大理石に替え、ペンキを塗り直したことから、墓前で集うこととなった。

 今年は広島のキャンプで臨時コーチとして沖縄を訪れた安仁屋さんは、「おやじ(上里さん)はユニホームを着ると鬼のように厳しかったが、私服だと優しかった。今は天国で見守ってくれていると思う」と懐かしむ。墓前で広島のセ・リーグ3連覇を報告し、「4連覇は当然として、日本一になる。見とってください」と誓った。

 教え子らは「生徒を走らせたことを忘れ、ずっと走らされた」「厳しくても、げんこつ一つなかった」など思い出を語り合った。上里さんの長男、正俊さん(70)は「皆さんと苦楽を共にしたことが父の喜びだった」と感謝した。

 一同は「上里正光監督をしのぶ会」として、来年以降もシーミー代わりに集まりを続けたいとしている。