空間や、距離、どこまで越えられる?  ロボットが見せる未来 「遠隔存在」現実に

 自分が今いる場所とは異なる場所に実質的に存在し、行動する。東大の舘暲(たち・すすむ)名誉教授が1980年代に提唱した「遠隔存在(テレイグジスタンス)」と呼ばれる概念が、技術の進歩によって今、現実になろうとしている。

 人間の動きや触覚を再現できるようになれば、その先に待っているのは空間や距離の制約が取り払われた世界だ。舘氏は「服を着替えるように複数のロボットを使い分け、自分の生きる場所を切り替えられる社会が来るかもしれない」と語る。

メルティンMMIが開発した、力強く繊細な手を持つロボット

 ▽グローブに手を入れ、動かすと…

 東京のベンチャー企業、メルティンMMIが開発した機械の腕は、水2リットル入りのペットボトルを指先でつまみ上げるほど力が強く、卵を割らずに握れるほど繊細だ。「メルタントα」と名付けられたこのロボットは、腕1本当たり十数個のモーターと約30本のワイヤで、しなやかに動く。

 操作方法は簡単だ。人間がグローブを装着して手を動かせば、それに連動してロボットの側も遠隔操作で同じ動きをする。独自に作成した制御アルゴリズム(計算手法)が、繊細な手の動きの再現を可能にした。肉体の制約を超えた「もう一つの手」として、深海や宇宙といった危険な場所での作業や、離れて暮らす親の介護など幅広い応用が期待されている。

 1万8900キロの距離を超え、米ボストンにいる操作者がアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビにあるロボットを動かすことにも成功した。メルティンMMIの粕谷昌宏代表は「人間の身体的な限界を突破したい」と話す。いずれメルタントをさらに進化させ、歩行能力を備えることも考えている。

テレイグジスタンス提供の臨場体験を楽しむ男性。ゴーグルとグローブを装着し、実際は小笠原諸島にある水槽に手を伸ばしている=東京都港区

 ▽千キロ離れた小笠原諸島のウミガメに「触れる」

 遠隔操作技術は、臨場体験を提供するサービスにもつながっていく。東京都心の一室で、専用ゴーグルとグローブを身に着けた男性が、約千キロ離れた小笠原諸島・父島への「瞬間移動」を楽しんでいた。目の前には青い空と海が広がる。女性ガイドと握手を交わし、ウミガメの赤ちゃんに手を伸ばすと、指先に甲羅の硬い質感が伝わった。「実際にその場にいるようだ」と男性は声を弾ませた。

 KDDI(au)が出資する東京のベンチャー、テレイグジスタンスが手掛けるこのサービスは、父島に配置された人型の分身ロボットが、見たいもの、触ってみたいものを自分に代わって体験し、リアルタイムで感覚を送り届けてくれる。物体に触れたときに人が感じる圧力と振動、温度をロボットのセンサーが感知し、グローブ内の微小モーターなどで同じ手触りを再現する仕組みだ。父島のロボットの感覚が東京の利用者に伝わるまでの時間の誤差は0・1秒程度にすぎない。

 利用者の動きをロボットに伝えて操作することもできるため、首を回して周囲を360度見渡したり、腕を伸ばして何かを手に取ったりと、まるでロボットに憑依(ひょうい)したかのような感覚を味わえる。チャリス・フェルナンド最高技術責任者は「基礎技術はほぼ完成した」と語り、2020年代の量産化を目指している。

 ▽技術向上の陰にスマホ

 こうした技術が実用化に近づいたのは、ロボットの制御技術が向上したほか、第5世代(5G)移動通信システムに代表される「通信の高速化」が背景にある。加えて、ある研究者は「スマートフォンが登場したことが大きい」と指摘する。各種センサーや半導体がスマホ向けに大量生産されることで価格が下がり、遠隔操作ロボットなど他の用途でも普及が進むことにつながった。

 ANAホールディングスは、メルティンMMIやテレイグジスタンス社の技術に目を付け、両社と提携した。革新的な事業を手掛けるANAホールディングスの社内組織、デジタル・デザイン・ラボの津田佳明ディレクターは「瞬間移動が可能になれば航空会社は要らなくなる。ならば自社でやってみよう、となった」と笑う。

 この春には、遠隔操作技術を活用した複数のサービスを使えるプラットフォーム事業に参入する方針だ。津田氏によると、長期入院中の子どもたちが動物園や水族館に置いたロボットを通じて、これらの施設を見学できるようになるという。大分県佐伯市の湾内に浮かべたロボットを遠隔操作して海釣りを楽しめるサービスも計画中だ。

 ANAホールディングスは宇宙航空研究開発機構とも提携した。宇宙空間では、地球上とは異なる空気や疲労の問題があって船外活動の作業時間が極めて限られる。宇宙飛行士の山崎直子さんは「遠隔操作技術を活用すれば大幅に作業の効率が増し、宇宙開発が加速する」と、その可能性に期待を寄せた。(共同通信=角田隆一、松山成昭)

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