分身ロボットを使って可能になったこと

 手足が動かなくても自己表現

©株式会社全国新聞ネット

闘病生活を送る榊浩行さんと分身ロボット「オリヒメ」。右はオリィ研究所の吉藤健太朗代表

 身長21・5センチのプラスチック製ロボット「オリヒメ」が、明るい緑色の目でこちらをじっと見つめている。「以前はテレビを見て過ごすだけでしたが、今はSNSで世界とつながることもできます。生き方が能動的になりました」。オリヒメが発するデジタルの合成音声はややぎこちないが、十分聞き取れた。

 オリヒメはオリィ研究所(東京)が開発した分身ロボットだ。病室で寝たきりの闘病生活を送り、24時間の介助を必要とする榊浩行さんにとって、自分を表現し、周りの人と意思疎通するための新たな「体」となった。担当の女性医師もオリヒメが手を振る様子を見て「もう榊さんにしか見えない」と笑う。

 ▽視線動かして操作

 農林水産省の官僚として働いていた榊さんは2014年、体に違和感を持ち、翌年には全身の筋肉が徐々に動かなくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された。当時50代半ば。発症から2年余りで声を失い、四肢の自由も奪われた。

 榊さんはオリヒメを操る際、視線を動かすことでパソコンを操作して、手を振る、うなずくといった動作や発する言葉を指示する。オリヒメは、搭載カメラから得た視覚情報をパソコン画面に伝えてくれる。視線を使った点描によって、色鮮やかな風景画を描く楽しみもできた。

分身ロボット「オリヒメ」を前に、インタビューに答えるオリィ研究所の吉藤健太朗代表

 オリヒメの生みの親であるオリィ研究所の吉藤健太朗代表は「社会参加できない人の孤独を解消するための道具を作りたかった」と語る。小中学生の頃、自宅に3年半引きこもった。学校に行きたいのに体が動かない。「話し相手が欲しい。もう一つの体が欲しい」。それが分身ロボットを開発した原点だった。

 高等専門学校に進み、寂しさを和らげる話し相手として人工知能(AI)を研究したが「AI相手では肯定感を得られないし自分の居場所をつくれない」と感じた。自分と同じように、人付き合いが苦手なために社会になかなか参加できない人たちがいる。そんな人たちが生きがいを感じられる世界を実現したいと考えた。

 AI研究から方向転換した吉藤さんは、大学で演劇活動のサークルに入り、演じることを通じて苦手だった人との会話を克服した。人が人らしいと感じる所作は何か。オリヒメの首をかしげるしぐさや、羽根のような形をした腕の動作で存在感を示す工夫は、この時の演技の経験から着想を得た。

 4歳で交通事故に遭い体が不自由となった故番田雄太さんとの出会いも大きかった。番田さんは生前、オリィ研究所でテレワークの契約社員として働き、オリヒメの開発に関わった。「心が自由ならどこでも行ける。何でもできる」。番田さんの言葉に背中を押されているように吉藤さんは感じた。

 ▽ALSの患者がカフェで働けた!

 オリヒメの活用は企業にも広がっている。NTT東日本はテレワーク用に約60台を導入した。担当者は「テレビ電話と違って常時接続しているから、いつでも隣にいるような感覚になる。仕事の連携がスムーズだ」と語る。

 昨年11月には、オリヒメが働く喫茶店が期間限定で東京都内に開店した。机の間を器用に走り抜け、注文を受け付けて給仕する。時給千円でオリヒメを操るパイロットは、四肢が不自由なALS患者らだ。パイロットの女性は「まさか自分がカフェで働けるなんて」と喜びをかみしめた。

 吉藤さんの応援団を自認する厚生労働省元事務次官の村木厚子氏は「できないことを見つめ、その障害を克服するのはすごい。オリヒメに手伝ってもらえれば社会はもっと豊かになる」と目を細める。

 オリィ研究所がオリヒメに続けて開発したのが小型ロボット「ニンニン」だ。目の見えない人がニンニンを肩に乗せて外出し、搭載カメラの映像を手足が不自由な人に送る。映像を受け取った側は、見えた景色や障害物の存在をマイクを通じて声で知らせる。いわば障害者間で目と足を分かち合い、互いの不自由を補完し合う関係が成り立っている。

 吉藤さんは「ニンニンを通じてさまざまな人が関係性を構築し、体験を共有できる仕組みを生み出したい」と力を込めた。(共同通信=角田隆一、千野真稔)

関連記事はこちら↓

https://www.47news.jp/47reporters/3337278.html

https://www.47news.jp/47reporters/3344198.html