第1回:大規模災害対応のための「キャピタル概念」 6つの資本とシステム思考で災害が見えやすくなる

様々な資本が複雑に組み合わさって社会ができています(出典:写真AC)

 

私たちの住む都市は、複雑で、ダイナミックなリビング・システム(生きたシステム)です」――と言っても何のことか分かりにくいですよね。ごめんなさい。

これは、世界的に有名な建築家のクリストファー・アレクサンダーが言った言葉です。彼は論文『A City is not a Tree』(都市はツリーではない)の中で、「都市は、リビング・システムを構成するさまざまな要素により成り立っている」と書いています。具体的には、そこに住む人々、生活インフラ、道路、商店などがそれぞれ独立して存在しているように見えていながら、実は相互に深く関係しあっていることをリビング・システムと言っているのです。こちらが動けば、あちらも動く、こちらが止まれば、あちらが止まる、それが1対1ではなく、とても複雑な関係で成り立っていると考えていただければ少しは分かりやすくなるでしょうか。

自然界で生物がお互いに依存しながら生態系を維持していく(例としては、樹木が光合成により酸素を作り出し、人間が酸素を吸いながら生きていく、など)「エコシステム」の考えに近いかもしれません。例えば、交差点の信号機が赤になると、交差点の角にあるキオスクに人々が立ち寄り物を買う可能性が高くなりますが、信号機が青であればそのまま通り過ぎてしまうようなことがありますよね? 複雑でダイナミックな都市の姿を理解するためには、私達の住む街が、このような動的な“システム”であるということをまずは認識することが重要だというのです。

災害対応やBCP策定の現場においても、このようなシステム的な観点は役に立ちます。災害対応は、非常に複雑で、高度な意思決定が必要になります。現場の担当者は、刻々と変わっていく、ダイナミックな状況に常に適応していかなければいけません。これは、リビング・システムが激しく変化しているような状況と例えることもできます。この連載では、災害対応にシステム的な考え方を導入するための枠組みとして、「資本(以下、キャピタル)の概念」というものを提案していきたいと思います。

一定のルールの中で変化する

ここで言うキャピタルは、一般的に広く使われる土地、資本、労働の三大生産要素における“資本”よりも、広義な意味と思ってください。経済的な資本のみならず、人間資本や社会関係資本(ソーシャルキャピタル)といった多角的な観点でキャピタルをとらえているわけです。さて、ではこの「キャピタル概念」にシステムの観点を抱き合わせるとどうなるでしょう?

この連載で提唱するキャピタル概念は、自然資本、経済資本、人間資本、組織資本、社会関係資本、シンボル資本の6つの資本群からなります。4大経営資源として使われるヒト・モノ・カネ・情報の考え方に近いですが、ここでは、キャピタル概念を用いることで、より抽象的なレベルで概念化しようとしています。

キャピタルの種類と定義*

一方、システムとは、さまざまな要素の集合体ということができます。共通の目的を達成するためにシステムが設計されます。交通システムや教育システム(学校)、会計システムなどが分かりやすい例ですね。ここで重要なことは、システム内の各要素の結びつきはランダムではなく、ある一定のルールに乗っ取っているという点です。交通システムであれば、列車の運行には一定のルールがあるし、乗客と列車を結びつける時刻表が存在します。最もシンプルなシステムのモデルは、インプットとアウトプットからなるもので、その間に処理のプロセスが介在しています。

システムモデル(Davis, 1985. p.271**)

キャピタルとシステム、それぞれについて説明しましたが、自然や経済、人間、組織、社会、シンボルといったキャピタルが、あるシステムの中で一定のルールのもとに結びつき、相互依存の関係になっていくということがわかっていただけたかと思います。つまり、「キャピタル概念」にシステムの観点を抱き合わせると、私たちの日々の暮らしの上に成り立つ都市のあり方や、企業や自治体などの組織活動について、より深く理解することが可能となるのです。

組織は二人以上が集まって存在するわけですから、その時点で人というキャピタルが存在します。その二人(以上)が協力して組織の目的を達成しますので、システムにもなっているのです。そしてそこには、共通の目的・ルールが存在します。

刻々と変化する災害対応の現場における共通の目的は、対応にあたる組織、被災状況や時間軸によって変わってきます。ただ、どんな災害においても、インプットの部分にはなんらかのキャピタルが入って、災害からの復旧を目指すわけです。

過去の教訓を未来に生かすために

災害対応では、現場の最前線で対応にあたる「人」の重要性はもちろんのこと、業務継続計画(BCP)や防災マニュアルといった組織資本、建物や情報通信インフラ等の経済資本、さらには外部からの応援の基礎となる社会関係資本がそれぞれ重要な役割を果たします。システムモデルに当てはめると、ひとたび災害が起きると、これらキャピタルが、相互に関係性を持ちながら、共通の目的(職員の安否確認や職場の迅速な復旧など)に向かっていく、という構図が描けるはずです。

この過程で、災害によってダメージを受けたキャピタルが別のキャピタルとの相互作用によって再構築されるということが起きます。例えば、災害により情報システムがダメージを受けた時、外部(社会関係資本)からのサーバ(経済資本)やデータ(組織資本)の提供により情報システムの運用が可能となります(詳しい事例については次回以降で紹介していきます)。

実際の災害の現場で何が起こっているのかという事実確認に加え、各キャピタルがどのような動きをするのかについて、抽象的なレベルで分析することで、過去の教訓を汎用的な知識に昇華させることができるんですね。さらには、このプロセスに潜むルールやパターンを見出すことができれば、BCPの策定などに有益な情報となります。要約して言えば、災害を6つのキャピタル×システムの視点で見れば全体像がより見えやすくなり、過去の教訓を未来の災害対応に生かすことが容易になるということです。

ウーバーイーツのビジネスから考える

冒頭の都市の事例に戻ると、平時でもキャピタル×システムのフレームワークを用いることで、街で起こっているさまざまな事象を一つ上の抽象レベルで理解することができます。

例えば、私は最近、都内の道を自転車で走るウーバーイーツの配達ドライバーをよく見かけます。ウーバー自体はキャピタルを内部保有せず、外部のキャピタルをマッチングすることでビジネスを成立させています。外部の人間資本が持つ活用可能な時間(フリー時間)と加盟飲食店で作られた料理(経済資本)に、利用者のニーズを組み合わせることで新たなデリバリーサービス(経済資本)を生み出しているんですね。今話題のシェアリングビジネスも同じ構造と言えます。同じように考えると災害対応は、自社だけではなく、外部との連携により成り立つことがご理解いただけると思います。それだけではなく、災害時には、発生からの時間経過の中で、キャピタル同士の関係性が変化していきますので、その状況を正しくつかむことが災害対応のポイントになるわけです。

以上のように、複雑で流動的な災害対応をより構造的に理解するために、キャピタル×システムのような思考フレームワークが有用だと考えられます。災害対応の構造的な理解を進めることは、ひいてはレジリエントな社会につながっていくと思います。これから、当フレームワークに基づいた災害対応について、東日本大震災の被災自治体の事例を基に考察していきますので、お付き合いいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

  • A. Dean and M. Kretschmer, “Can Ideas be Capital? Factors of Production in the Postindustrial Economy: A Review and Critique,” Academy of Management Review,
    vol. 32, no. 2, 2007, pp. 573-594. および M. Mandviwalla and R. Watson, “Generating Capital from Social Media,” MIS Quarterly Executive, vol. 13, no. 2, 2014, pp.97-113. を改変。
    ** 出展:G.B. Davis and M.H. Olson, Management information systems : conceptual foundations, structure, and development, McGraw-Hill, NY, USA, 1985. 出展:G.B. Davis and M.H. Olson, Management information systems : conceptual foundations, structure, and development, McGraw-Hill, NY, USA, 1985.

(了)

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