訪日した南京大虐殺記念館長が語った「メディアの役割」

第1部

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左は南京大虐殺記念館の張建軍館長(2017年撮影) 右は南京大虐殺記念館で行われた犠牲者追悼式典で、花輪を手に行進する儀仗兵=2015年、中国江蘇省南京市(共同)

 2月17~21日、中国の江蘇省南京市にある「南京大虐殺記念館」から張建軍館長と事務局長の2人が非公式に来日、滞在していた。張館長が「古い友人に会いに来ただけ」と話すように、記念館と交流を続けてきた日本の研究者や団体から招かれた私的な訪問だった。館長として来日するのは今回が初めて。記念館からは毎年職員が訪れているが、現役館長の訪問は2009年の朱成山館長以来、実に10年ぶりという。

 1937年12月に起きた「南京大虐殺」については、犠牲者数などを巡って両国間で歴史認識の溝が埋まらず、日本では「大虐殺はなかった」と完全否定する人たちもいる。学生時代に南京で現地の学生らと生存者の聞き取り調査をした記者が、張館長が関西を訪れた2日間、館長らに同行。有識者との意見交換や友人らとの交流の様子を取材し、メディアの役割や歴史認識について思いを巡らせた。(共同通信=大阪社会部・市川真也) 

 2月20日午前、張館長と最初に合流したのは、特別展「カメラが写した80年前の中国」が開催されている京都大総合博物館(京都市左京区)の前だった。共同通信は南京事件80年の節目だった2017年12月、現地で張館長に単独インタビューをしているが、私は初対面だった。ややぎこちない様子で握手を求めると「おはよう」と、応じてくれたが、警戒されていると感じた。今回の来日を聞きつけた他のマスメディアの記者も、張館長に取材を申し込んだが全て断ったという。ただ一言でも国際問題を招きかねない記念館の館長の立場を考慮すれば当然かもしれない。

 博物館での見学を終え、南京との交流を続けてきた団体と一緒に食事をすることに。張館長は積極的に団体のメンバーらと意見を交わした。「南京大虐殺があったと言うだけで攻撃されることもある」と不安を口にした日本人男性に、「過去と誠実に向き合うことで今ある平和の尊さを学ぶことが大切」と答えた。「若い人が記念館に行けば、現実を目の当たりにして考え方が変わるのでは」との声には、「おっしゃる通りだ。若者をどんどん連れてきてほしい」と同意した。

 

2016年、筆者ら学生たちが聞き取り調査した時の南京事件の生存者

 ▽現場に行くことでの気付き 

 私は大学在学中の2015年、中国黒竜江省ハルビン市にある展示施設「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」を訪れ、翌16年には「南京大虐殺記念館」を見学するなど、現地に赴くことを大切にしてきた。それは北京大留学時、中国人ルームメートと「抗日ドラマ」を見ているときに言われた「たくさんの中国人が知っているにもかかわらず、日本人が知らない歴史は数多くある」という一言がきっかけだった。

 中国のテレビで絶えず流れている「抗日ドラマ」の舞台になった場所に行ってみたい―。ただそれだけの気持ちだった。好きな歌手のライブに行きたいとか、SNS上で見かけたきれいな撮影スポットで自分も写真を撮りたいとか、そういった気持ちと全く変わらない。多くの場合、現場に行くことで何らかの気づきや感動、充実した学びが得られるのだと思う。特に若いころに訪れて見たものほど、その後の人生に大きな影響を与えるはずだ。

 外国の戦争博物館を訪れるのはハードルが高いように思われるが、南京は距離的には第2次世界大戦やホロコーストの展示館があるヨーロッパよりもずっと近く、旅費も安い。インターネットで何でも情報が手に入る時代に、若者の中には「行かなくても分かる」と言う人もいるだろう。ただ行かなければ分からないことも必ずあるはずだ。 日本の加害や戦争犯罪を伝えるマスメディアを偏向報道と言い、こうした情報に目や耳をふさいで思考停止に陥るぐらいなら、現地で確かめてほしい。大虐殺記念館を「反日教育の施設だから」と色眼鏡で見て、足踏みするのでなく、一歩踏み入れるべきではないのか。実際に現地で見聞きした経験を踏まえて「どう偏っているのか」を指摘するなら、説得力を持つだろう。

 張館長はマスメディアについて次のように言及した。「良くも悪くもメディアの持つ社会的影響力は大きい。社会の良心であるべきだ」。例えば、日中相互の好感度調査は報道の影響を受けるという。だからこそ「メディアが歴史に目を向けなければ、社会全体が心配されるものになってしまう」と憂慮する。

 ▽「違い」と「共感」 

 過去に中国共産党の直属機関である中央宣伝部で仕事をしていた経験がある張館長は、数多くの新聞記者やテレビ記者と交流してきた。その意味ではマスメディアの仕事に理解があるとも言えるが、報道全体をコントロールしてきたとも言える。一党独裁の中国ではメディアが国民の思想形成を主導する立場にあり、表現の自由が重視される民主主義社会の日本におけるメディアの役割とは根本的に違う部分があることは忘れてはならない。だが、記者個人が果たす役割を巡っては共感する部分があった。

 嵐山公園(京都市右京区)にある「周恩来総理記念詩碑」を訪れ、その帰り道。渡月橋を眺めながら桂川沿いを張館長と並んで歩いていると「理想的な記者とは」という話になった。「ずっと考え続けている」と正直に伝えると、張館長はほほ笑み、足元にあった石を拾って、地面に丸い円を一つ描いた。

 「これが何だか分かる?レンズですよ」。張館長はカメラを構えるしぐさをして言葉を続ける。「同じ場所に立っていても、川の方にレンズを向ければ川が映り、山の方に向ければ山が映る。社会の全体像を映し出して国民の理解を深めることが記者の役割」と教えてくれた。「大事なのは『眼光』(中国語で視線やビジョン、まなざしなどの意味がある)」と力を込めた。

 京都から大阪への移動の車中でも記者像について尋ねる時間があった。張館長は「撮るべきものを全てレンズに収める必要がある」と話した。「現地(記念館)に来てほしい」と呼びかけ「全体像を伝えるべき」と訴えかける姿勢は、これまでの中国の要人とは一線を画すのかもしれない。中国国内向けの宣伝だけをするのでも、都合のいい部分を切り取って伝えるのでもない、「開かれた記念館」を目指そうとする張館長の態度からは、日中友好の希望が見えた気がした。メディアの役割に期待を感じるのと同時に責任感をかみしめた1日となった。

中国国旗を手に南京大虐殺記念館を訪れた子供たち=2015年、南京市(共同)
工事が進められている南京大虐殺記念館の建設現場=1985年7月、南京市(共同)