ロシアに「イルカ監獄」、97頭の運命は?  解放か死か、混迷極まる

ロシア・ナホトカ近郊の海上のおりに生け捕りにされているシロイルカ=1日(タス=共同)

 ロシア極東の海上にシロイルカとシャチ97頭が閉じ込められている。昨年、地元メディアは「イルカ監獄」と名付けて実態を報じた。ニュースは国内外を駆け巡り、動物愛護団体は声を上げた。それでも事態は動かず、厳しい冬を越えられず死んでしまった個体もあるようだ。2月、ついにプーチン大統領が早期解決に向けて号令をかけた。イルカたちは救われるのか。 (共同通信ウラジオストク支局=飯沼賢一)

 ▽看板のない施設

 極東の港町ナホトカから約10キロ。スレドニャヤ湾にイルカ監獄はある。敷地全体が柵に覆われ、様子がうかがえない。管理者を特定できるような看板もない。写真を撮っていると、女性が出てきて、撮影をやめるよう注意された。「イルカの飼育事業について知りたい」と聞くと、無言で首を振り中に戻っていった。

 高台から海に浮かぶ鉄製のおりが望めた。10メートル四方ほどの大きさで、望遠レンズで撮影するとイルカの白い背中が確認できた。シャチは隣接する屋根付きの施設で飼育されているのだろうか。姿が見えなかった。

 「何のビジネスかは分からないが、見知らぬロシア人が夜通し警備している。まるで軍の施設だ」。住民も監獄について詳しく知らず、不気味に感じているようだ。

シロイルカが閉じ込められている「イルカ監獄」=2018年11月、ロシア極東ナホトカ近郊(共同)

 ▽1頭7億円?

 昨年10月に、監獄の存在を報道したウラジオストクの通信社「VL・RU」によると、事業に関与したのは「バンドウイルカ」「白クジラ」「極東水族館」「(ロシア南部)ソチのイルカ館」の4社。捕鯨規制が厳しくなる直前、目的を教育学術研究に変更して、捕獲許可を取得した。

 だが実際は、中国の水族館向けに取引していた。額や頭数など詳細は不明だが、ロシア通信は、中国の水族館が公表したシャチ1頭の額は約4500万元(約7億4千万円)だったと伝えた。

 さらに、当局の捜査で、捕獲した個体に離乳前の子供が含まれていることが発覚。ウラジオストクを中心に監獄からの解放を求める運動が広がった。一方、イルカとシャチは衰弱しており、水温が低い時期に海に帰すのは危険との意見も出た。

ロシア・ナホトカ近郊の海上で、シロイルカなどを生け捕りにしているおり=1日(タス=共同)

 結局、処遇が決まらないまま、厳しい冬がやってきた。監獄の周囲にも氷が張った。そのままでは、呼吸ができず死んでしまうので、定期的に表面の氷を砕くという応急処置が取られた。

 ▽大統領の号令

 事態が動いたのは、2月のプーチン氏の年次報告演説だった。検察や所管省庁に対し、3月1日までの事態の収拾を命じた。直後に 天然資源環境省がイルカとシャチを解放する方針を決定。期限の今月1日には、ロシアメディアに監獄が公開され、呼び掛けに応じて水面から顔を出すシャチの様子が放映された。

ロシア・ナホトカ近郊で生け捕りにされているシャチ=1日(タス=共同)

 撮影された写真を確認したロシア科学アカデミーの専門家は「ここ数カ月で衰弱した」と警告する。皮膚の腫れや斑点が見受けられ、伝染病の可能性を指摘。狭い空間で多くの個体を飼育していることが原因のようだ。

 一方で業者側はインタファクス通信に対し、海に帰すことを否定し「水族館に送るために訓練している」と断言。 天然資源環境省の地方幹部も、ロシアや海外の水族館に移送することも選択肢の一つと発言。ここにきて事態が振り出しに戻ってしまったように感じる。

 発覚当初は100頭以上いたイルカとシャチが今は97頭。業者は自力で逃げ出したとするが、死んでしまったとする見方が支配的だ。密輸された可能性も捨てきれない。人間に翻弄された海の哺乳類の運命は、まだ決まらない。

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