黒岩流2期8年(6)掲げる「共生」、朝鮮学校補助は停止

 山あいの施設に、静かに花を手向ける黒岩祐治知事の姿があった。

 「つらい経験をしたが、福祉先進県と言われるようしっかり進めていく」

 未曽有の惨劇から1年8カ月が過ぎた昨年3月。取り壊しを前にした神奈川県立障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で、決意を口にした。

 「いのち輝く」を県政運営のテーマに掲げる知事が、「最大の衝撃」と振り返る相模原殺傷事件。入所者19人の命を奪った凶行は、県施策の方向性をも揺るがした。

 障害者に向けられる差別にどう打ち勝つか、障害者の意思決定支援はどうあるべきか…。とりわけ障害者の生き方を巡る議論は、足元の社会に重い問いを突き付けた。

 「非常につらい決断だが、誠意を持って話せば必ず理解を得られると確信している」

 2017年8月。学識者らがまとめた報告書を手に、知事は力を込めた。半年間にわたる議論の着地点が、被害者家族らの願いに反する「小規模分散化」だったからだ。

 園の再建を巡っては、知事が事件直後に表明した大規模施設建て替え案に対し、一部の障害者団体が「時代に逆行」と反発。「スピード感はあったが、見方を変えれば拙速だ」と、再検討を余儀なくされた。

 施設か、地域か-。揺れに揺れた議論では、元の施設に戻りたい家族らの訴えと地域で自立した暮らしを求める声が対立。平行線をたどりながらも障害者福祉の潮流を踏まえて決着し、「家族の期待を一身に背負っていた」とする知事は当初方針を撤回。「非常に苦しい思いをした」と吐露した。

 議論の下敷きにあったのは、事件の3カ月後に県が県議会と定めた「ともに生きる社会かながわ憲章」だ。▽誰もがその人らしく暮らせる地域社会を実現する▽いかなる偏見や差別も排除する-などを掲げ、共生理念の浸透を図る。

 だが、制定から2年が過ぎた今、県民の認知度が5%にとどまること以上に、根本的な問題を指摘する声が聞こえてくる。

 「矛盾していないか」

 県の人権施策に関わっていた関係者が指摘するのは、支給をストップしている朝鮮学校への補助金だ。

 知事は教科書に拉致問題の記述がないことを理由に、朝鮮学校に通う児童・生徒に対する16年度以降の学費補助を停止。昨年11月には神奈川県弁護士会が人権救済申立制度に基づく警告の決定を下したが、「明確な記述がある教科書への改訂を確認したら交付する」との立場を崩さない。

 朝鮮学校に通うことはいけないことなのですか-。差別に直面し、こう訴える約300人の児童生徒たちは、職員が着るそろいのTシャツや県のパンフレットなどにあふれる「ともに生きる」の文字を見たら何を感じるか。憲章は障害者のためだけに定めたのか。寄り添うべき相手はほかにいないのか。

 「共生とは何か」-。難題に向き合う知事がこだわる「かつての福祉先進県」からの脱却には、知事の姿勢そのものが問われている。

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