【歴史さんぽ】湯島天満宮は学問の神様だけじゃない?!その意外な一面とは

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湯島は、かつて海や湿地に囲まれた台地で島のように見え、温泉の湯煙が立っていたので「湯煙が立つ島」から湯島という名前がついたといわれています。

その湯島の頂にある湯島天満宮は458年に創建され、1355年から学問の神様・菅原道真を祀るようになりました。現在も受験シーズンになると、行列ができるほどの参拝客が訪れています。

境内の至るところに合格祈願の絵馬が掛けられ、その数が参拝客の多さを物語っています。

そんな湯島天満宮ですが、江戸時代には意外にも別の理由で多くの人が訪れていました。

江戸時代は一攫千金を夢見る人が集まる場

湯島天満宮の宝物殿には、江戸時代の千両箱が残されています。

神社に千両箱というのは、少し不思議な感じがしますね。

この千両箱は、賞金を入れるために使われていたもの。江戸時代の湯島天満宮は幕府公認の「富つき場」でした。富つき場とは、宝くじの前身のようなもの。1等の金額は、現在でいうと1億円相当という高額です。

湯島天満宮は、目黒不動尊、谷中天王寺とあわせて「江戸の三富」と呼ばれ、お金も時間もある旦那衆たちが集まり富つきに熱狂しました。そのため湯島天満宮周辺には、参拝客向けの茶屋や料亭が数多く作られ、湯島は大人の遊び場である「花街」として発展したそうです。

学問の神様の湯島天満宮で富つきが行われていたことにも驚きですが、それが湯島の花街の発展にも関わっていたとは意外ですね。
湯島には、今なお花街の風情が残る街並みやお店もたくさんあります。参拝の際にはぜひ、立ち寄ってみてくださいね。

  • スポット名:湯島天満宮
  • 住所:東京都文京区湯島3-30-1
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