しづ心なく

 つとに知られる〈しづ心なく花の散るらむ〉とは桜が急ぐように、せわしなく散るさまを詠んでいるが、花開くのを待つ人の心もせわしない季節になった。日本気象協会は、長崎市の桜の開花を21日と予想している▲かたや、この頃になると胸がざわつく人もいる。近しい人を桜の季節に亡くしたのでピンクの花をめでる気になれない、と身近に聞いたことがある。待ちわびる「そわそわ」とは全く異なるが、これもまた〈しづ心なく〉の思いだろう▲とてつもない天災の跡もまた、被災者の胸をざわつかせる。きょう発生から8年となる東日本大震災で、遺構の建物などについて保存か撤去か、行政が難しい選択を迫られているという▲残して、震災の記憶や教訓を伝えるべきという声がある。遺構を見ると胸が詰まると言う人がいる。町長、職員の計28人が犠牲になった岩手県大槌町の旧役場の庁舎は今年に入り、町民の意見が割れる中で解体された▲津波で児童74人、教職員10人が亡くなった宮城県石巻市の大川小の旧校舎は保存される方向だが、児童の遺族の考えは分かれているという。「子どもたちは、校舎を見て思い出してもらえば喜ぶんじゃないか」「見るのがつらい」と▲震災の爪痕に被災者は静心(しずごころ)なく揺さぶられる。心に置きどころのない遺構もある。(徹)

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