【高校野球】「福島の歴史を変える」―甲子園19度出場の名将が学法石川にもたらす変化

シートノック中の学法石川の選手たち【写真:高橋昌江】

昨年11月に就任した佐々木順一朗監督、今年初めての練習試合で見せた珍しい姿

 9日に今年初めての練習試合を行い、東日本国際大に3-3で引き分け、一関学院には9-8でサヨナラ勝ちした学法石川。昨年11月に仙台育英を春夏19回の甲子園出場に導いた佐々木順一朗監督が就任。攻守にミスは出たものの、一冬を越えて臨んだ試合に「全体的にワンランク上にはなっている」と指揮官は手応えをつかんだ様子。名門復活へ、佐々木監督、チームスタッフ、選手たちにとっての新たな挑戦が本格的に始まった。

 年月をかけて作ってきた仙台育英ではなかなか見ない光景だった。この日、佐々木監督は2試合のほとんどを立ちっぱなしのまま、試合中に声を張り上げて身振り手振りを交えながら指示を出したり、言葉がけをしたり。観戦に来たOBや対戦相手の指導者も「あんな佐々木先生、見たことがない」と珍しがったほどだった。

「(何かが起こることを)待っているチームだと変わらないよ! みんなで作っていくんだよ!」

「何かを言われて難しい顔をするのは普通だからね、普通」

「考え込んだピッチング、するなよ!」

 試合中に「姿勢の方が大事だよ、姿勢の方が!」と言っていたように、この日は野球、試合に取り組む姿勢をポイントにしていたという。「くじけない感じとか、みんなで応援するとか、これから続く長い練習試合の中でいつもそうなっていったら、相当、たくましくなるんじゃないかなと思っている。たくましくなってほしい。その上で、今日は思っていたよりははるかに良かったです」と佐々木監督。若い学年中心の東日本国際大には0-1から一時、3-1とリードした。その後、追いつかれたが逆転は許さず、結果はドロー。失点はすべて守りのミスだった。

 一関学院戦も初回にいきなり3点を失う苦しいスタート。その後もリードを許したが、2点差の最終回に代打攻勢を仕掛け、ベンチも盛り上がる中、サヨナラ勝ちを収めた。2試合ともに攻守にエラーや判断ミスが目立った試合だったが、目に見える技術的な部分への指摘よりも目に見えない姿勢に厳しかったのはそうした意図があったからだった。

 4番の藤原涼雅は「1試合目の3打席目が終わった時、佐々木先生に『感覚が良くなっている。3打席目は初球から振りにいけているから、そこはできたな』と言われました」と振り返る。姿勢を褒められ、2試合目の9回裏、1死一、三塁の代打で登場し、レフトオーバーのサヨナラ打。「結果を出せたのは収穫です」と自信を深めた。

「佐々木先生が言っていることは技術じゃない。脳内革命されています」

 11月の練習試合から一緒にベンチ入りもしている伊東美明部長はすべてが勉強になっているといい、スタッフも選手も思考回路が変わってきているという。

「佐々木先生が言っていることは技術じゃない。こうやって、こうやって、こういう風にやるとこういう流れになるでしょ、とか。考え方ですよね。脳内革命されています」

 試合や練習では佐々木監督独特の言い回しもあるが、桑山武冴志主将は「最近はわかってくるようになりました」と笑う。それは一冬を越えて価値観の共有が進んだからでもある。日々のミーティングや会話はもちろん、11月の就任以降、『ルディ』『男たちの大和』『グレイテスト・ショーマン』『リメンバー・ミー』とジャンルの異なる映画を鑑賞したり、仙台育英でも冬に取り入れていた国民の休日やことわざなど一般常識のテストも行われたりした。佐々木監督がどう考え、何を大切にしているか。理解が深まってきている。

「面白いし、すごくためになります。ミーティングでも映画でも心が動かされました。テストでは、やっぱり知らなきゃいけないんだなと思うことが多く、すべてが野球につながるんだなと思いました。毎回、パターンが違うので、捉え方が異なり、1つ1つが良い方向にいっています。感じ方も増えるし、心のモチベーションに繋がっています」と桑山主将。エースの横山凌は「ことわざとか気にしたことがなかったんですけど、今の自分の状況のことを言っていたり、確かにそうだなと思うことがたくさんありました。何回もテストがあったんですけど、全部が自分のためになりました。難しくて最初は分からなかったんですけど、最後のまとめのテストで100点を取ることができて、いろいろと覚えることができました。映画だったら考え方や気持ちの入れ方が変わってきて、いろんなことが自分の中で変化してきています」と話す。

 野球そのものでも捕手の竹本江希は「今まで考えていなかったことも考え始めました」と言い、横山は「マウンドさばきや考え方、配球の1つ1つなど、技術とは違うところで聞いたことがないようなことをたくさん教えてくださっています」と世界を広げている。

選手の意識に変化「チーム全体で負けない野球をしたいです」

 仙台育英では毎年、四字熟語のテーマを設定していたが、今年のテーマは「これから」を意味する「From Now On」と英語バージョンに。これは選手たちにも見せ、佐々木監督自身が感銘を受けた映画『グレイテスト・ショーマン』のラストの劇中歌だ。

「テーマをしばらく考えていて。これからだよな、過去じゃないよなと思い、これから、これから……と思ってひらめいた。これはずっと使えるものでもあるので。試合中も使える。『これからだよ』と。試合も今日、始まってこれから、とも」(佐々木監督)

 そして、約束事として「SRC」も掲げる。「S」はSmile(笑顔)、「R」は Response(反応)、「C」はChange(変化)だ。「まだ笑顔を作れない選手もいるが、スマイルは難しい。でも、そのスマイルがうまくなったら反応が良くなって、そしたらみんな、変化しているだろう、と」と佐々木監督。「From Now On~これからは~」と「Smile笑顔 Response反応 Change変化」の幕はグラウンドのバックネット裏に、そして佐々木監督の2大モットーである「運命を愛し、希望に生きる」「本気になれば世界が変わる」の幕は外野フェンスに貼り、常に目に留まるようになっている。

 練習試合用のセカンドユニホームを新調し、本格的なシーズンイン。選手たちはこの日の試合を「楽しかった」と口にした。負けなかったこともあるかもしれないが、これまでの充実した日々もプラスされているだろう。そして、それらは桑山主将の「福島の歴史を変えるためにやりたい」や藤原の「夏に甲子園に行けるように自信をつけていきたい」という言葉からも感じられる。

 ウォーミングアップやトレーニングなど、全員で行う機会も増えたとあって、竹本は「チーム全員で戦って、1つの方に向かって、最後はいい思いをして終わりたい」と言う。横山は意識が変わったようで、「今までは自分が良ければ勝てると思っていたんですけど、いろんな役目があって、いろんな仲間がいろんなことをして勝てるんだなと最近、分かってきました。前まではそんなに野手を頼りたくないと思っていたんですけど、野手に頼ってもいいんじゃないかと思ってきて。なので、チーム全体で負けない野球をしたいです」と語る。

 これまでのスタッフが作り上げてきたものに、佐々木監督のエッセンスが加わり、新たな「学石野球部」へと進んでいっている。(高橋昌江 / Masae Takahashi)

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