災害時の外部からの支援、効率的に 「受援力」の重要性痛感 熊本赤十字病院・岡村医師

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災害時に避難状況を家族間などで確認するアプリについて打ち合わせる熊本赤十字病院の岡村直樹医師=8日、熊本市東区

 東日本大震災が発生した8年前、現地に飛んだ熊本赤十字病院国際医療救援部の医師、岡村直樹さん(43)はその5年後、古里で熊本地震に遭った。二つの災害現場で支援する側と受ける側を経験した岡村さんは今、組織でも個人でも外部からの支援を受け入れる「受援力」を備える重要性を痛感している。

 「津波被害で一面のがれきの中、消防士や自衛隊員が懸命に不明者の捜索を続けていた」。2011年3月20日、岡村さんは航空機と車を乗り継いで宮城県石巻市に入った。

 石巻赤十字病院を拠点に、同市の西南にある東松原市で仮設診療所の運営や巡回医療に臨んだが、避難者は公民館や公園に点在。たき火の煙などで、人が集まっている気配を察知して捜すほかなかった。逆に、避難者からすれば、食料や医薬品など外部からの救援物資を素早く受け取れる環境ではなかった。

 石巻市と東松島市との犠牲者は約4400人。地元の医師らは目の前の患者を救うことに全力を傾けていた。ただ、「病院全体を見渡し、外部からどのような支援が必要かを把握する人員が足りなかった」と振り返る。

 宮城県での活動は5日間だったが、忘れられない光景がある。役場や公民館の掲示板に張られた行方不明の家族を捜す写真や張り紙だ。「家族で災害時の避難先などを普段から決めておくことがどれほど大事か」。同時に身内の安否を案じ、情報を発信して外部の支援にすがる必死の思いが心に刺さった。

 05年のインドネシア・スマトラ島沖地震、10年のハイチ大地震などでもそれぞれ約1カ月、現地で活動した。その経験も踏まえ、被災地側が外部から支援や知恵をいかに受け入れるかという受援力の重要性に気付いた。岡村さんは13年、県の「災害医療コーディネーター」となり、外部からのさまざまな支援を含め行政と連携した即応態勢づくりに取り組み始めた。その途上で熊本地震が起きた。

 16年4月14日の前震直後、熊本赤十字病院に駆けつけた。病院機能を維持するため、水や薬剤などの確保、医療機器の被害状況の把握などに奔走した。

 「水は3日分しかない」。現場は緊迫した。大量に必要な水をどこに頼り、いかに早く入手するか。最終的に自衛隊の支援で何とか窮地を乗り切ったが、「もっと災害医療コーディネーターが育てば、もっと早く支援を受け、医療態勢を整えられるのでは」との思いが残っている。

 「災害時には、個人や単独の組織だけでは対応できないことが必ずある。だからこそ平時から備えに知恵を絞り、一方で支援を効率的に受ける力を磨くべきだ」。岡村さんは、そう力を込める。(隅川俊彦)

(2019年3月11日付 熊本日日新聞朝刊掲載)