ヘイト対策に見えてきた「限界」 ガイドラインに必要なもの

 せめぎあう現場 川崎市は今(上)

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2月の講演会終了後、参加者に向け抗議する人たち=19年2月11日、川崎市教育文化会館

 横行するヘイトスピーチに対し、川崎市は2018年、全国に先駆けて「ガイドライン」を策定した。市が管理する公園や公民館といった公共施設でのヘイト発言を事前に抑止する狙いだ。しかし、うまく機能していないという指摘は多く、市民からの批判は絶えない。現場取材で見えてきたガイドラインの「限界」とは。

 川崎市の「公の施設利用許可に関するガイドライン」 ①差別的言動の恐れが具体的に認められる「言動要件」②他の利用者に迷惑を及ぼす危険がある「迷惑要件」―の両方を満たす場合、利用を制限できる。制限は4種類で、警告、条件付き許可、不許可、許可取り消し―がある。18年3月に施行。

 ▽初の「警告」に、分かれた評価

 ガイドライン施行後、ある団体が主催する講演会が、昨年6月と12月、今年2月の計3回、川崎市教育文化会館で企画された。団体は「ヘイトスピーチを考える会」。移民反対など排外主義政策を掲げる「日本第一党」の顧問や市議選候補予定者らが主要なメンバーだ。

 川崎市の対応が注目されたのは、昨年12月の講演会を巡る判断だった。というのもその半年前、昨年6月の講演会では、参加者が、抗議のために集まった数百人に向けて「ウジ虫、ゴキブリ、日本から出て行け」と発言。川崎市は「不適切な発言」と認定したためだ。
 
 この発言を受け、川崎市は昨年12月の講演会で、差別的言動をしないよう団体に「警告」した。ガイドラインに基づく初の行政指導だったが、4段階の利用制限の中では最も軽く、会館の利用は許可された。

 これに対し、不許可を求めていた地元の団体「ヘイトスピーチを許さない かわさき市民ネットワーク」(市民ネット)は「警告は半歩前進だが、残りの半歩で市は差別に加担した」と反発した。

講演会の開催に反対し川崎市教育文化会館前に集まった抗議者ら=18年6月3日

 ▽会場ではなく、ネット告知の場を利用

 市民ネットは講演会前の11月、市役所を訪問し「告知段階で差別表現が拡散し、被害が始まっている」として、4万人超の署名をつけて不許可やガイドラインの改正、差別禁止条例の早期制定を申し入れていた。

 昨年12月2日の講演会当日。参加者約50人は、抗議者とのぶつかり合いを避けるように貸し切りバス2台に分乗して会館に入った。ヘイト問題をテーマに、徳永信一弁護士が約3時間にわたって講演。共同通信が取材した範囲では、明確なヘイト発言と思われるものはなかった。

 講演会後、徳永弁護士は取材に対し「協力してくれた会館側には感謝している」と利用を許可した市の判断を評価。福田紀彦市長もその後の定例記者会見で「大きな混乱がなくて良かった。現時点では適切な対応だったと思う」と市の対応を自賛した。

 しかし、講演会でヘイト発言がなくても、講演会を告知するブログには「在日が支配する暗黒」など憎悪や偏見をあおる表現があったと、ヘイト問題に詳しい師岡康子弁護士は指摘する。「ヘイトスピーチ対策法に当てはめても、明確に法に反する差別表現だった」

 師岡弁護士は「警告」にとどめた市の対応を批判。「市は差別を止めるためにガイドラインを作ったはず。行政は少数者の盾となって人権を守るべきだ」と話した。
 
 ことし2月に企画されていた講演会にも、市は再び警告を出した。2月11日の講演会には約30人が参加。市は警告文を団体側に手渡し、講演会は予定通り行われた。

 一方、講演会を告知するブログには、2月2日に「日本第一党」の顧問がJR川崎駅前での街頭宣伝で「川崎市においては在日コリアンがどんな犯罪を行っても処罰されることは一切ない」などと事実に反する差別発言をしている様子をおさめた動画が公開されていた。

 講演会自体は「おとなしく」済ませ、ネットの告知で、街頭宣伝の動画を流す。先駆的に制定された川崎市のガイドラインの、現在の限界が浮き彫りとなっていた。

 2月の講演会終了後、会館の豊田一郎館長は記者会見を開き、警告とした理由を説明した。

 Q(記者) 主催者のブログの内容を確認したか。

 A(館長) 確認した。その上で、団体からヘイトスピーチは行わないという確約を得て判断した。

 Q ブログに警告の根拠となる文言はあったのか。

 A 個々の案件はコメントしない。

 Q 具体的に根拠を明示できない理由は。

 A 市として総合的に判断した結果だ。ヘイトピーチをやりますという文言があれば警告では済まないだろう。むしろブログには(ヘイトに当たる文言が)何もなかった。しかし昨年6月の不適切発言の例があり、ヘイトスピーチの可能性がゼロではないから、警告を出した。

 Q ブログの動画にあった「朝鮮人は処罰されない」という発言はヘイトではないのか。

 A 市としては(ヘイトでは)ないと判断している。

 市はブログの内容を把握した上で、結論を出していた。ただ、その根拠は「総合的に判断した」というわかりにくいものだった。

 ▽専門家の活用、要件の見直しを

 川崎市には、専門家で構成する市長の諮問機関「ヘイトスピーチに関する部会」がある。その部会長を務める人権問題に詳しい阿部浩己・明治学院大教授(国際法)はこう話す。「差別的言動は複雑かつ巧妙で、何がヘイトに当たるのか、市だけで判断するのは難しい。専門家の知見を生かしてほしい」

 市は「警告」を出すに当たり、部会を招集しなかった。なぜ専門家に諮問せずに判断したのか。

阿部浩己・明治学院大教授

 阿部教授は、構造上の問題を指摘する。ガイドラインでは、市が「不許可」と判断した後に部会を招集し、諮問を経て不許可を決定する仕組みになっている。つまり、市が警告と決めてしてしまうと、部会自体が開かれない。

 阿部教授によると、ガイドラインには、ほかにも重大な問題点がある。「言動要件」と「迷惑要件」の両方を満たさないと利用を制限できない点だ。川崎市と同時期につくられた京都府のガイドラインは「どちらかを満たせば良い」としており、適用のハードルが低い。

 迷惑要件で川崎市は「警察でも防げない暴力ざた」を想定している。阿部教授は「そうした事態は考えにくい。ヘイトの危険性がどんなに高くても、この迷惑要件がある限りガイドラインの適用は難しくなる」と指摘。「暴力事態と差別とは異質な問題であり、迷惑要件は再検討すべきだ」と、ガイドライン早期改定の必要性を訴えている。(共同通信ヘイト問題取材班)