なぜヘイト最前線に 多文化共生の地、標的か

 せめぎあう現場、川崎市は今(下)

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完成した「わたしもじだいのいちぶです」を見る執筆した女性ら

 川崎市は、住民の約2・6%(2018年3月末現在)に当たる約3万9千人が外国籍だ。中国、フィリピン、ベトナムなど、在日コリアンを含めさまざまな国の住民が暮らす。05年には全国に先駆けて「多文化共生社会推進指針」を設け、共生社会の実現に取り組んできた。公共施設でのヘイトスピーチを事前規制できるガイドライン制定もその取り組みの一つだ。それでも近年、差別や排外主義を巡るトラブルは繰り返され、川崎市はその標的のようにされてきた。なぜこんなことが起きているのか。

 ▽共生が根付く場所

 川崎市川崎区の桜本地域には、歴史的に在日コリアンが多く住む。1910年に日本が朝鮮半島を植民地にすると、多くの朝鮮人が貧困状態に陥り、職を求めて日本へ渡った。労働者とその家族は川崎市臨海部の工業地帯にも集まり、第2次世界大戦中は徴用工も動員された。戦後、南北に分断された朝鮮半島の混乱などから、多くが日本にとどまらざるを得ず、この街で子孫を増やし、在日コリアンの集住地域を形成していった。(神奈川県国際交流課や川崎市市民局が発行する資料による)

 「ずっと漢字が分からなかったけど、今は駅で『横浜』も『東京』も読める。識字学級のおかげだよ」。在日1世の女性(76)は涙ぐみながら、真新しい本をなでた。本は今年1月に出版された、在日コリアン1世ら女性16人による文集「わたしもじだいのいちぶです」(日本評論社)だ。

 16人は、桜本地域にある交流施設「ふれあい館」で約30年前から続く識字学級に学んでいる。生徒の多くは戦前から日本に住む在日コリアンの女性だ。現在は日系ペルー人やブラジル人もいる。差別を受けたり、学校に通えなかったりと、社会に翻弄(ほんろう)され続けた彼女らが、その半生を飾り気のない筆致でつづった。

 出版お披露目会で女性らは「老いてやっと勉強でき、ここまで書けた。必死に生きてきた気持ちを知ってほしい」と話した。

 ことし2月には、桜本地域にある市立小学校と朝鮮学校の児童が合同で、キムチ漬けの体験授業を行った。指導するのは地域の在日1世の女性たちだ。白菜に真っ赤なたれを塗り込みながら、市立小の男児が「ぼくのおじいちゃんは韓国人なんだ」と話すと、友人らは「すげー」と反応する。自然な形でお互いの違いを尊重できる、多文化共生が根付いた地だ。

 ▽繰り返されたヘイトデモに市が対応

 JR川崎駅近くでヘイトデモが繰り返されるようになったのは2013年ごろから。15年11月には、デモ隊が桜本地域近くまで迫った。このときは多くの抗議者や住民が集まって行く手を阻んだ。16年1月の2度目のデモでは、桜本地域を通るコースを警察に届け出ていたが、Uターンさせている。

 「共生の街に亀裂と分断が持ち込まれる」「コリアンルーツの若者たちの心が傷ついている」―。危機感を持つ市民らが抗議行動を続け、地元の神奈川新聞もヘイト反対の論陣を張った。16年、ヘイトスピーチ対策法の審議中には、与野党の国会議員が桜本地域を視察。深刻な被害が報告され、同年5月のヘイトスピーチ対策法成立への原動力になった。

 6月3日の法成立前後にも、象徴的な出来事が続いた。

 在日コリアン排斥を訴える団体によるデモ申請に、川崎市は5月30日、「不当な差別的言動から市民の安全と尊厳を守る」として公園の使用を不許可とした。横浜地裁川崎支部は6月2日、「集会や表現の自由の範囲外だ」との判断を示し、この団体に桜本地域でのデモ禁止を命じる決定を出した。

 神奈川県警は法施行当日の6月3日、団体がデモのために中原区の道路を使用することを許可した。5日にはデモが実施されたが、参加者の数十倍の抗議者が駆け付け、デモは途中で中止となった。

2016年6月5日、警察官が警戒に当たる中、デモ主催者らとデモに反対する人たちで騒然となった川崎市の公園周辺

 川崎市が「市民を守る」として公園使用を不許可にした判断は、対策法の理念が生かされた成果だった。この経験から制定したのがガイドラインだ。許可が前提の公共施設の利用申請について、行政が公正な判断をするための指針を定めるという理由だった。市はさらに、差別禁止の条例を19年度中に制定する準備も進めている。

 ▽取り組みに全国から集まる注目

 神奈川新聞は、批判を積極的に続け、ヘイトデモへの抗議活動を呼び掛けた。桜本地域の在日コリアンたちも、職場への嫌がらせやネット上での差別・中傷を受けても諦めずに声を上げ続けている。

 しかし、こうした反差別の声の高まりに挑むかのように、排外主義を唱える団体は街頭宣伝や講演会を繰り返した。新聞社前で記者の名を挙げて街頭宣伝をし、抗議を続ける在日コリアンの顔が分かる写真をブログに載せている。

 この街がここまで「目の敵」にされるのは、在日コリアンが多く住むからというだけではないだろう。記者が団体の様子を取材していると「反差別の象徴となった川崎を突破できれば、日本全国で差別が可能になる」と考えているかのように映る。

 ヘイト問題の〝最前線〟となった川崎市の取り組みには、全国の関係者が注目するようになった。

 昨年6月、「ヘイトスピーチを考える会」の講演会が市民らの抗議によって中止に追い込まれると、直後に事件が起きた。

 「朝鮮人こそレイシスト」「朝鮮人こそ反日ヘイト」など明確な差別の落書きが、市内の公園のベンチや、橋の柵、欄干など数十カ所で見つかった。差別に立ち向かっていたはずの川崎市で差別が横行する事態に、ネット上では、「ヘイトシティー」とやゆされた。市は器物損壊容疑で県警に被害届を提出。犯人はまだ捕まっていない。
 
 こうした執拗(しつよう)な差別に「行政が盾になって市民を守って」「公園使用を不許可にした姿勢はどこに行ったのか」との声が上がった。汚名返上には、何よりも行政の努力が求められる。ヘイトに向き合う在日コリアンの女性はこう話した。「差別が繰り返される川崎で、差別を禁止し終わらせる本気の条例が今、求められている。私たちは市を信じ、応援し続ける」(共同通信ヘイト問題取材班、終わり)

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