チリ津波写真発見 1960年5月24日辺野古の被害 島袋さん撮影

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 【名護】1960年5月24日、日本各地や沖縄の沿岸を襲ったチリ地震津波の被害に遭った久志村辺野古(現名護市)の様子を撮った写真7枚が見つかった。撮影したのは現在も辺野古に住む島袋武信さん(82)。集落内に波が押し寄せ、住宅が浸水している様子が記録されている。

 島袋さんは24日午前5時半ごろ起床し、写真を撮り始めた。既に津波が集落を襲った後で、道路や住宅が冠水していた。

 写真には瓦屋根の上に座る子どもや赤子を抱いた母親、膝下まで水に漬かった女性の姿が写っており、津波の襲来で集落中が混乱に陥った様子がうかがえる。

 津波は現在の辺野古漁港から川を上り、集落に流れ込んだ。津波による死者はいなかった。「辺野古誌」によると、住宅28戸が浸水被害を受けた。住民にとって初めての津波被害だった。津波は本島中北部の沿岸を襲い、3人の死者が出ている。 (阪口彩子)

泥あふれ家屋に被害 チリ津波写真発見 自然の脅威、今に

【名護】1960年5月24日のチリ地震津波に襲われた名護市辺野古の様子を撮影した島袋武信さん(82)は「初めてのことでびっくりした。放送もなかったので。あんな大きい被害が出るとは思わなかった」と振り返る。

 遠く離れたチリ沖で発生した地震による津波が沖縄に来ることは区民にとって予想外だった。波が押し寄せた集落内の道路は泥であふれ、家屋にも被害が及んだ。当時24歳の島袋さんら辺野古の青年は後片付けに追われた。

 59年前に辺野古を襲った津波は区民に語り継がれているわけではないという。島袋さんは「多分、ほとんどの人が知らないはずよ」と語る。

 自然災害は伝承しなければ時とともに忘れられてしまう。島袋さんが撮った写真は、歴史の証言者として津波の被害を伝えてくれる。

 名護市では、西海岸の真喜屋で3メートルの津波が屋我地大橋をのみ込み、3人の死者が出た。真喜屋には「津波被災地跡」と刻まれた石碑が今も残っている。