第四十七回 「いくら不思議ちゃんでも不思議にも程がある秋吉久美子のアルバム」

下手だけど聴いてると、価値観が崩壊していく音楽がある。ヘタウマとか味とか雰囲気があるというわけでもない。それを聴いていると、歌や演奏が上手いなんてことは、どうでも良いと思えてくる。演奏や歌の善し悪しにとらわれている自分がバカらしく思えてくる。そして、そのヤバさにいつの間にか中毒する。

このような音楽の代表格といえば、アメリカのバンド、THE SHAGGSだろう。ジャケット写真からすでにヤバい。野暮ったい女子三人が楽器を持ってこちらを見ている。この娘さんたちは三姉妹で、プロデューサーがお父さん。そのお父さんが一発儲けるために、娘さんたちにバンドを組ませ、演奏させて唄わせている。バックボーンからすでにヤバイのだが、聴いていると、最初は、どうしてこれがレコードになっているのか疑問が生じ、価値観がグズグズ崩れていく、そして、いつの間にやら中毒しているのだった。日本の演芸に精通していた、阿佐田哲也こと色川武大が、「下手な芸ほど中毒する」といったようなことを書いていたが、まさしくソレだ。ヤバいと思いつつ、のめり込んでしまう。

そこで今回紹介したいのは、秋吉久美子のアルバムです。秋吉久美子は、女優の秋吉久美子です。セクシーでチャーミング、どこか不思議で素敵な、あの秋吉久美子さんです。映画『の・ようなもの』で、ソープ嬢に扮した秋吉さんは最高です。それでもって、アルバム名が『秋吉久美子』です。名前と一緒。ZAZEN BOYSもバンド名のアルバムが、2、3と出ていますが、アルバム『秋吉久美子』は、絶対に『秋吉久美子2』とか『秋吉久美子3』は出ないでしょう。今後出るなら聴いてみたいけど。

これ、演奏は凄いんだけど(今調べたら、四人囃子とかでした)、歌がどこかズレているのです。わたし絶対音感とかないけれど、なにかが奇妙にズレている。しかし、そこに中毒してしまう。1曲目が「赤い靴」、「赤い靴はいてた女の子〜」のアレです。演奏が格好いいので、歌が始まるとズッコケてしまうのだ、もしかしたらワザとやっているのではないかとも思えてくる。

他には「10人のインディアン」もある、これは、秋吉久美子が気だるそうに電話で話しているところから始まります。他にも「フロイト」って曲もすごいし、「天才」って曲は「パセリが見当たらない」とか「パセリを耳に挟み忘れたピアノ弾き」とか言ってる。もう、どうなっちゃってんだろう。そもそも、このアルバム自体どういう意図で作られたのか? 秋吉久美子が、いくら不思議ちゃんだからって、不思議にも程があるぞ、と思いつつ、中毒性があるのです。

ちなみにわたし、英国の女子バンド、THE SLITSのライブで秋吉久美子さんを見かけたことがあります。本物の秋吉さん、格好よくて素敵で、音楽が好きなんだろうなぁと思いつつ、好感度が200%になりましたが、ライブ中、アルバム『秋吉久美子』が頭を巡って、THE SLITSどころではなくなってしまったのです。そのくらい破壊力のあるアルバムです。

戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

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