<金口木舌>分かりやすさのわな

©株式会社琉球新報社

 原稿を書き始めてこの方、いかに文書を分かりやすく書くかに腐心してきた。ちまたにあふれる文章読本を手にし、教えをなぞってきた。効果のほどは疑問だが▼記事をチェックするデスクから「これでは全く分からない」と原稿を突き返されることもしばしば。最初の読者であるデスクが読んで分からなければ、一般読者にはなおさら分かってもらえないというわけだ

▼世の中では常に「分かりやすさ」が求められる。一昔前は書籍「サルでもわかる」シリーズがはやった。今も各分野で「わかるシリーズ」本があふれ、ビジネス書でもハウツー本はいつもランキングの上位だ

▼「二十世紀は、『わかる』が当然の時代だった」。そう指摘していたのは1月に亡くなった作家の橋本治さんだ。著書「『わからない』という方法」で「『どこかに自分の知らない正解はある』と思い込んでいる二十世紀病なのである」と看破した

▼分かりやすさとは何かを切り捨てる作業かもしれない。ただしそこにはざっくり単純化するわなも潜む。池上彰さんは著書で「本質を伝えない『ざっくり』は、非常に危ない」と警告する

▼橋本さんは二十世紀病を「『これが“正解”だ』と確信したら、その学習と実践に一路邁進(まいしん)する」とも説いた。「辺野古が唯一」を繰り返す政治家たちはまだ「二十世紀病」が治っていないのだろう。