親子二代の縁が伝説のトーンアームを蘇らせた − サエク「WE-4700」の詳細をキーマンが語り尽くす

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LPレコード全盛期の1970年代初頭、日本の精密加工技術を活かしたトーンアームの名機がいくつか誕生した。その代表的な存在がSAEC(サエク)の「WE-407/23」である。ダブルナイフエッジ機構に代表される精度の高い作りと優れたトレーシング性能は今日まで語り継がれ、多くのアナログファンの手元でいまも愛用され続けている。

「WE-4700」 2019年4月末発売(3月末より予約受付開始) 1,190,000円(税抜)

そのWE-407/23が誕生から約40年を経て再び私たちの前に姿を現すことになった。外見はほとんどオリジナルと瓜二つ。往年の勇姿を懐かしく思い出すレコードファンは少なくないと思うが、このトーンアーム、たんなる復刻ではなく、型番も「WE-4700」に変更されている。外見からはうかがうことができないが、中身がどのような進化を遂げているのか、リバイバルのキーパーソン、サエクコマースの北澤慶太氏と内野精工の内野誠氏にその全貌を語っていただく。

内野精工との出会いがあったから、WE-4700の開発に至った

WE-4700は昨年の5月にミュンヘンで行われたHigh End 2018で初公開されたが、その場で新しいアームの構想を熱く語っていたのがこの2人である。オリジナルモデルの高い評価を背景にアーム復刻の思いが募っていた北澤氏と、それに応えて設計、生産を手がける内野氏の間には、思いもよらぬ深い因縁があったという。まず二人の出会いから紹介することにしよう。

サエクコマース株式会社 代表取締役社長 北澤慶太氏
株式会社内野精工 代表取締役社長 内野誠氏

ーー なぜ今この時期にトーンアームの名機「WE-407/23」のリニューアルに取り組んだのか、まずはその背景を教えてください。

北澤氏もともとサエクは「WE-308」というトーンアームで1974年にスタートしました。レコードの高忠実再生にふさわしいダブルナイフエッジ方式を採用したアームです。ところが、1983年にCDが発売されると急速にデジタルへの移行が進み、この先どうなってしまうのだろうっていう想いを感じてたのですね。当時私は大学生でした。数字で見ると1980年のレコード生産枚数は2億枚弱ありましたが、2000年になるとレコードは200万枚でCDは4億枚と完全に逆転しています。CD時代に突入したわけですね。

それではなぜ、いま復活させるのかということですが、そもそも私が2005年に父から会社を引き継いだ時から、サエクの原点であるトーンアームに回帰したいという思いがあったのです。諸先輩方からも「サエクはアーム出さないの? まだまだニーズがあるよ」とお声がけいただきました。その時はまだ「いつかアームをやりたいな」という漠然とした思いでした。私も多少は図面が引けるので、当時の製品をバラして作図をしてみたら、とても大変で自分一人の手には負えない。アームの原理もきちんと理解していなければ、作るのはとても難しいと感じました。そういう漠然とした思いが内野精工さんとの出会いによって現実的なものに動き始めていったのです。

「WE-4700」は、名機「WE-407/23」の設計を忠実に復刻しつつ、現代の工作精度をもって可能となった改良も実現している

ーー 以前から内野精工とのお付き合いはあったのですか?

北澤氏いや、ありませんでした。少なくとも最近は・・・。

内野氏

実は当社は30〜40年くらい前にオーディオのパーツを作っていました。その頃サエク製品の部品も一部やらせていただいていたようなのですが、それ以降は接点はありませんでした。

北澤氏私も昔のWE-407/23がどこで作られていたかを追いかけていて、おおよそはわかるのですが・・・。

ーー 当時をリアルに体験していたわけではないですからね。

北澤氏しかし、ある人を介してたまたま内野さんと出会って、お互い父親同士がつながっていたことがわかりました。そして、あらためて内野精工さんの技術力の高さや情熱を知りました。長岡にある内野精工さんの大きな工場を見せていただいた時に、超精密加工が本当に得意なのだということを実感させられました。このとき、製品化できる確信を得たのです。

内野精工の超精密加工の技術が、ダブルナイフエッジという理想的ながら技術的に困難な方式を採る名機を現代に蘇らせた

ーー 強力なパートナーと出会った。

北澤氏そうですね。大きな出会いでした。

内野氏

当社もずっとオーディオ部品を手がけていましたが、レコードからCDに移行して仕事が一気に減りました。それからいま主力となっている医療機器の製造へ進んだのです。私が入社した16年前、作る力はあるのにオリジナルのものがなく、いわば完全な受注型の切削加工屋でしたが、いつか自分たちの製品を作りたいと思っていました。北澤さんと会う前からオリジナル製品を模索するなかで、トーンアームも挙がっていました。

ーー やはりオーディオ製品を作りたかった?

内野氏

はい。「(公財)東京都中小企業振興公社」で中小企業向けのチャレンジ道場という講座があります。そこでは受注型の企業が1年間、講座を通して自社ブランド・製品を出すことに取り組むのですが、その時すでにアームをやろうと決めていて、オリジナルのアームの構想も進めていました。そんなときに北澤さんを紹介していただいて、それだったらサエクさんのアームを先にやろうということになりました。タイミングが良かったですね。

自身もWE-407/23を長年にわたって愛用しているという山之内正氏

名機WE-407/23はどのようなトーンアームだったのか

ーー さきほどWE-308の話が出ましたが、WE-407はその後に発売された製品です。今回のWE-4700はその「WE-407/23」をベースにしていますが、40年近く経っているので、そもそもどんなアームだったのか改めて教えてください。

北澤氏サエクはWE-308でデビューし、その後「WE-308N」という改良型や「WE-308L」というロングアーム、WE-308のナイフエッジ部分をカバーしてある「308SX」、さらに「506」という放送局用のロングアームと進化していきました。この流れの中でWE-407/23は、ショートモデルの最上位機種として登場したのです。パイプ部分を強度の高いジュラルミンにしたり、ナイフエッジの強度を上げるなど、細かい部分をブラッシュアップして最上位モデルにふさわしい設計がなされました。

WE-4700はオリジナルモデルからどのように進化したのか

ーー WE-308の世代から評価は非常に高かったですが、WE-407の登場で、サエクのトーンアームはさらに一段階高い評価になりましたね。

北澤氏WE-407/23ではナイフエッジがコンパクトになり、デザイン面でも評価していただきました。

ーー 基本的なことですが、ロングアーム、ショートアームという言葉が出てきました。これ要するにパイプの長さですね。

北澤氏はい。トラッキングエラーが少なくなるという点でロングアームの方が有利です。その一方で、振動や剛性、それからサイズなどから考えるとショートアームの方が有利になると思います。「SME 3009」をはじめ、当時はショートアームの方が数としては出回っていたと思います。

WE-4700の試作機を手に、オリジナルとの違いを説明する北澤氏

ーー その長さの基準は有効長ですね。WE-407/23の場合は、型番の通り23センチです。

北澤氏はい。なぜ23センチかというと・・・。

ーー 9インチ相当ということですね。当時の有力ブランドであったSMEが「3009」や「3012」のようにインチ単位で製品を作っていたので、それを基準として各社出してきたのでしょう。もう1つ重要なキーワードとして、「ナイフエッジ」という名称が出てきました。

北澤氏ナイフエッジ構造を説明するために、簡単な絵を描いてみました。パイプに対して下側にナイフの刃があり、その上にパイプが乗っているのが通常のナイフエッジ構造、シングルナイフです。この構造は針先の振動でパイプが揺れた時にナイフエッジから浮き上がってしまう可能性があります。それに対してダブルナイフエッジはアームの上側にもナイフの刃を当てており、アームの浮き上がりを完全に抑えられます。上下両方のナイフが一点で交わることによって、アームを上下させることなく動かせる。それがダブルナイフエッジ構造の一番のポイントです。

ダブルナイフエッジ構造のイメージ図。北澤氏が指指した点がダブルナイフエッジとなる

ーー ダブルナイフエッジは、アームの設計としては一般的なのものではありませんでした。

北澤氏はい。サエクだけでした。

ーー 理論的にはすごく良さそうに思えますが、作るのは大変ですね。

北澤氏精度が必要になるため、実現するのは容易ではありません。実は1970年代、某社にこの技術を買ってくれないかとリクエストしたことがあるらしいのですが、「製造できないから買わない」と言われたそうです。今回の製品化のために内野さんが当時のアームを分解して図面化してくれましたが、当時においても本当に苦労して調整していたというのがわかりました。

内野氏

実はWE-407/23の図面は一切残っていなかったので、まずオークションで実物を購入して分解し、図面を起こしました。さらにはエンジニアの協力を得て3D CAD化も進めました。その過程で、当時の加工精度の限界を補う意味があったのでしょう、いろんなところにシムとかワッシャーが入っていて、そういうもので調整していたことがわかりました。

ーー 苦労の跡ですね。

内野氏

相当苦労して作られてたのだろうと思います。

北澤氏それが現在の内野精工さんの加工精度で製造すると、シムなど入れなくても必要な精度で組むことができるのです。当時の精度では、シムを入れたりネジのトルクを追い込んだりして調整していかないと、ちゃんとした動作は難しかったのです。通常のナイフエッジならいいのですが、ダブルだと上下から押さえるので、わずかでも誤差があると正常に動きません。

WE-4700はオリジナルモデルからどのように進化したのか

ーー 今回、WE-4700をお持ちいただきましたが、仕様はすでに最終ですか?

北澤氏はい、ほぼ決まってます。基本的には有効長も設置方法もWE-407/23と同じです。レコードの中心からアームの中心までの距離も同じ、アームパイプの太さも同じなので、極端に言えばかつてのWE-407/23をお持ちであればそれを抜いて、そのまま挿して使えます。実際にはベース部も改良しているので、ベースごと交換して欲しいのですけれども。

また、シェルも含めた対応カートリッジの重さは、2種類のウェイトで13〜35gに対応できます。

インタビューでは、完成間近のWE-4700の試作が披露された

ーー ウェイトの仕様もオリジナルと同じですか?

北澤氏はい、そのまま差し替えられます。ただ、厳密にいうと重さが違うので、目盛は合いませんが。

内野氏

オリジナルは2.5gまでの目盛ですが、今回は3gまで振っています。40年前とはトレンドが違うので、それも考慮して変更しています。

加工精度の向上した現在だからこそできる仕様も

ーー ラテラルバランスやインサイドフォースキャンセラー、リフターなどの構造や位置関係も同じですか?

北澤氏位置関係は一緒です。唯一違うのは、オリジナルはアームリフターの受けがアーム側についているのに対して、WE-4700では共振の問題も考慮して、受けをリフター側に付けています。

ーー どちらかというと、リフター側に受けがあるのが一般的ですよね。パイプの素材や仕上げ、ここはどうですか?

内野氏

パイプの素材はオリジナルとは若干異なりますが、特殊なアルミ合金を使用し、表面はブラストして硬質アルマイト処理を施しています。

ラテラルバランスやインサイドフォースキャンセラーの構造や位置関係もWE-407/23と同様。リフターのみ新規設計が行われた

加工精度の向上した現在だからこそできる仕様も

ーー トーンアームの共振は音質に大きな影響を与えるので、できるだけ抑えることが理想です。今回はその理想にかなり近付いているのでしょうか?

内野氏

その点についても工夫を行い、オリジナルモデルからの進化を実現しています。こちらのパーツ(下画像)はナイフエッジの下刃を支える“軸受け部”(ヨー・ベアリング軸)ですが、これがトーンアームの共振発生源になり得ます。音叉のような形をしていますが、ここに20Hzから20kHzの振動が乗ってきたときに、さまざまな振動モードが発生するのです。

ナイフエッジの下刃を支える“軸受け部”。オリジナルでは3つの部品から構成されていたが、WE-4700では一体成形されている

この振動モードについて、3D CADで部品ごとに応答特性を調べ、厚みなどを変えて共振点を下げるなどの工夫を行いました。結果、この“軸受け部”はオリジナルと比べるとだいぶ肉厚になっています。また、オリジナルの“軸受け部”は3つの部品で構成されていましたが、WE-4700では1つの部品になっています。

北澤氏以前は1回で削り出すことができなかったので、縦と水平の部材を別に削り出して組み合わせていたのです。しかし、厳密にいうとそこで微小な誤差が出る可能性がありました。

内野氏

シャフトの部分も以前は別個の部品になっていて、ネジで嵌め込まれていました。今回、ナイフエッジの乗る部分とヨーベリアリングが入るベアリング軸受けのシャフトが一体になったことで、従来からは段違いの精度が実現できます。

ーー この音叉のようなかたちの軸受けを、シャフトの部分まで含めて削り出すことが難しいのは、容易に想像がつきます。

内野氏

大きな丸棒から複合旋盤で削り出して作るのですが、当社はこうした加工が得意なのです。オリジナルの精度は個体ごとに多少のばらつきがありましたが、WE-4700ではNCマシンによって高精度に加工できます。

ナイフエッジの下刃(左)とナイフエッジの軸受け部(右)

ーー 以前は使えなかった技術や工作機械が使えるいまだからこそできるというわけですね。精度が10倍になったという話も伺いましたが、具体的にはどういうことでしょうか?

内野氏

オリジナルのWE-407/23を分解して測定も行っているので断言できますが、この軸受け部も含めて、WE-4700における各パーツ形状の幾何公差的な精度は10倍というレベルで上がっています。

精度が上がったのは、構造の核となるナイフエッジ自体もです。オリジナルの上刃と下刃の高さを測定すると、設計上は同じ高さになるはずが、実際はわずかに寸法がずれていました。当社が用いる測定器では中心部を画像で投影的に確認でき、WE-4700ではナイフエッジの上刃と下刃の中心の高さ、左右の精度をミクロンオーダーで仕上げることができました。やはり当時のものと比べると実際に10倍ほど高精度になっています。

ーー 加工精度の向上は測定技術の向上とも関係がありますね。

内野氏

このナイフエッジの加工には、当時はフライスを使っていたのではないかと思います。いまは自動化されたNC機械を使うので1工程で済みます。加工の切削面を見ると、昔は旋盤で丸く削って違う機械で仕上げていたと推測できます。

ーー 僕らの世代だとレコードが身近な存在だったので、トーンアームを作るのにそれほどの苦労があったなんて意識しませんでしたが、当時はアナログ的に様々なノウハウを重ねて作っていたのですね。だからこそCD時代に移行した後、高精度なアームが作りにくくなってしまったのでしょう。

北澤氏単純な機構なら作れるでしょうが、こういう凝った作りはなかなか難しかったと思います。

内野精工の精密加工技術が実現すること

内野精工の精密加工技術が実現すること

ーー 内野精工がふだん手がけている製品も、やはり微細な加工を必要とするものが多いのでしょうか。

内野氏

当社は医療機器を中心に製造していて、その中には内視鏡の部品をはじめ、手術台の油圧バルブや手術器具といったものもあります。最近は画像関連も多く、最先端の手術用顕微鏡部品も作っています。一眼レフカメラの交換レンズに使う超音波モーターユニットの部品加工も手がけていますね。

WE-4700のアームベース部。コレットチャックで固定する方式を採用している

ーー 加工や製造が難しそうなものばかりですね(笑)。

内野氏

WE-4700については全部で60点ほどの部品がありますが、全て社内で切削して製造しています。そこまでやるのは他社では難しいかもしれません。パイプの曲げ加工以外は全て自社ですね。ヘッドシェル側のコネクタは購入品でと考えていたのですが、最終的にはピン1本から全部削り出して作ることになりました。

ーー 先ほどのナイフエッジの軸受け部が一体化されたという話もありましがた、WE-4700の部品点数はオリジナルよりも少ないですか?

北澤氏はい。部品の点数はオリジナルの方が多いです。

ーー 部品点数を減らしていくと、音は良い方向に変わりますね。

内野氏

そのほかの変更点で言うと、先ほども話に出たリフターは新規設計で、構造からオリジナルとまったく違います。オリジナルではリフターの受けがパイプ側にあり、本体にはピンだけという設計でした。

なぜこのような設計をあえて採用したのか想像してみました。ピンは360度回転してしまうので、その回転の動きをどう打ち消すかを考えなければいけませんが、オリジナルは逆転の発想で、受けを上に付けてしまえばピンは自由にまわってしまってもいいとしたのです。ただ、さすがに現代ではトリッキーに過ぎるので、今回は構造を工夫して回転しないようにしています。この部分は、海外メーカー製に比べてもガタつきが少ないという自信があります。

ーー たぶんですが、このリフターについては、音にはあんまり影響しないですよね? なんでそこまで・・・。

内野氏

ええ。これは品位ですね。

ーー 品位・・・さすが日本のメーカーだ!

内野氏

海外メーカーのリフターを触ってみるとみんなグラグラなのです。海外のショウで確認していたら怒られましたね、「触るな」と(笑)。このリフターは本当に凝ってると思います。

北澤氏一方で、こちら側からまた言うわけですよ。これではまだスムーズさが足りないとか(笑)。

ーー すごいパートナーを見つけてしまいましたね(笑)。

北澤氏そうなのです(笑)。でもそれに気持ちよく、「逆にこうしたらどうですか」と来てくれるので、ありがたいですよね。

アームベースのコレットチャックも、私は「今までのネジ止めはやりにくいから、ボルト2本にしましょうか」なんて言ってたのですが、内野さんから「いや、もっと良い設計にしましょう」と。それで採用したのがスリ割のコレットで、それを締め上げて固定するようになっています。

内野氏

従来のネジ式だと横1点から側圧をかけるだけの止め方なので、振動に強い構造ではありません。コレットチャックは360度全体を均一に締められるので振動に強いです。さらに、回転の滑らかさを出すのにベアリングを使っています。

北澤氏イメージとしてカメラのズームレンズの動きというか・・・。

ーー たしかに、それくらいなめらかに動きますね。見かけからは気付きませんでしたが、オリジナルからかなり変わっていますね。

オリジナル以上に長く使い続けられる製品に

ーー シェルについては、どう変わりますか?

北澤氏WE-407/23はセラミック素材を使ってましたが、今回は新たな取り組みとして新素材も検討しました。具体的にはセラミック以外で2種類、まずはチタンです。今回お持ちした試作品は純チタンをワイヤー放電加工機で作ったものです。もうひとつは7075と呼ばれる超々ジュラルミンを用いたものです。この2種類を聴き比べてた結果、最終仕様では超々ジュラルミンになる予定です。

付属ヘッドシェルの試作品

北澤氏なお、オプションとしてオリジナルと同じセラミックのシェルを出そうと考えてはいます。

ーー サエクさんといえば現在はケーブルブランドとして知られていますが、その知見が今回音作りに何か影響するものがあるかと思うのですがどうでしょう?

北澤氏今回の変更点の一つとして、内部配線材にPC-Triple Cを使っています。絶縁材も多孔質自然素材を活用しています。伝送特性が上がることに加えて、軽い絶縁材を使うことで動きへの抵抗を抑えることができました。音質的にはナチュラルな方向なので、新しいWE-4700にふさわしい導体と思います。

フォノケーブルは現行モデルの「SCX5000」をお使いいただきたいなと考えていますが、PC Triple C/EX素材を使ったケーブルも発売したいなと考えています。

オリジナル以上に長く使い続けられる製品に

ーー 私自身、オリジナルのWE-407/23を使っています。すでに30年以上経ちますが、問題なく使えています。WE-4700の耐久性についてはどうですか?

北澤氏摩耗テストがまだこれからですが、これまでのアームのことを考えると、30年ぐらいは平気で使えるだろうと考えています。しかもよりメンテナンスがしやすくなっていますので。

ーー 部品数も減ってますからね。

北澤氏調整箇所も減っています。今の加工精度に見合った設計としたことで、従来品では調整が必要な箇所が2つあったのが、1つになりました。万が一の場合も修理しやすいです。

ーー これからも長く使い続けたいという方も安心できるということですね。

内野氏

はい。ナイフエッジ部分の耐久性は一番の関心かと思いますが、従来品を分解してみたところ、刃の方は普通の鉄に窒化処理しているように見えました。受け側の方はアルミにアルマイトをかけたような素材ですね。これだと両方とも硬い素材同士なので、もしかすると刃が鈍ってくるのかなという心配があります。

そこで今回は受け部の素材を変えました。刃の方は特殊鋼、受け部はアルミ銅合金に変えて、削れるなら刃ではなく受け皿の方という風に変えました。ただ表面処理をしないとゴリゴリと削れていってしまうので、両方とも特殊な表面処理をかけて潤滑性を確保してます。硬度も上がって削れにくくなることで、従来より進歩していると考えています。

ナイフエッジの耐久性について説明する内野氏
WE-4700のナイフエッジ部

ーー さらに寿命が長くなる可能性があるということですね。リフターがオイル式からメカニカルに変わっていることも耐用年数という点で有利ですか?

内野氏

有利ですね。不可避なオイルの漏れや蒸発を考えると、リフターの寿命は10年くらいです。今回は完全にオイルに頼らない設計なので、オイル抜けによる動作不良がありません。空気の抵抗でバランスを取るようにしています。

ーー 軸受部もWE-407/23と同じルビーですか。

内野氏

はい。アームの上下はナイフエッジの上刃と下刃で受けていて、左右の受けも従来と同じルビーを用いています。

ーー 今後のメンテナンス性はWE-4700の方が高そうですね。

北澤氏がぜん高いです。職人が微調整していた部分を、工作精度の向上により、メンテナンス性も考えた上での設計手法に変えているので、仮に修理したとしても音の再現性は良くなるはずです。

アームが結んだ親子二代の縁

ーー WE-4700はどんなプレーヤー、ターンテーブルのユーザーを想定されているのでしょうか。

北澤氏いまWE-407/23が取り付けられるシステムとしては、ラックスマンがWE-407/23用のベースを発売されているので、まずは「PD-171AL」でしっかり音が出るように調整しています。そのほか、過去のヤマハのプレーヤーや、サエクがかつて手がけた鉄のターンテーブルデッキにデノン製のターンテーブルを載せたものなどで音質を検証しています。木だったり鉄だったり、なるべく多くの素材のターンテーブルで調整するようにしています。

先日開催されたTOKYO AUDIO BASEでは、ラックスマンのPD-171ALと組み合わせてデモが行われた

ーー あと例えば海外製のハイエンドのターンテーブルであったり、国産であればテクニクスの「SL-1000R」など、組み合わせてみたい製品がいくつか思い浮かびます。

北澤氏これからいろいろお借りして試聴してみたいと思っています。特にテクニクスはぜひ試してみたいですね。あとはクロノスにも興味がありますね。もともとWE-407/23は剛性を追求したアームなので、スプリング型のベースとは合わないと考えていて、リジッドな質量のあるターンテーブルと相性が良いのではないかと。

トーンアームが結んだ親子二代の縁

ーー WE-4700の開発はついに最終段階まできましたが、実際に音を聴いてみてどうでしたか?

内野氏

図面を全部起こして精度も上がって、実際に音を出したときは、やっぱりオリジナルのWE-407/23の壁ってすごい高いなと思いました。なかなかあの音にならなかったのです。それでも、試行錯誤しながら、ここをこうすると音がこう変わるなど、少しずつわかってきました。

北澤氏一番最初に比較をした時にはオリジナルのWE-407/23のほうが良かった。全然勝てない、マズイって(笑)。

ーー それを超えることを目標にしたわけですね。

内野氏

設計の面でも、部品ひとつひとつの加工精度でも絶対に負けてないと思ったのですが、最後に組み合わせて音を鳴らした時のチューニングが、やはりオリジナルは相当苦労してやられていたようで、ノウハウがあるのだと感じました。そこはやはり試行錯誤を繰り返して、最終的にはオリジナルを超えるものができたと自負しています。

ーー 完成品を聴くのが楽しみです。それにしても今回WE-4700が生まれたのは、レコードを通じて生まれた親子二代にわたる強い協力関係の存在が大きいですね。

親子二代にわたる縁を感じたという両氏。また、両氏のトーンアームへの情熱を強く感じさせられた

北澤氏内野さんのお父様が会長で元気でいらっしゃるんです。今回いくつかの部品を他から調達しようかという話もあったのですが、最後の最後にお父様が出てきて「全て内製にするべきだ」と。そういうこだわりも嬉しいですね。

内野氏

父も縁は感じてると思います。最初にオーディオ部品を手がけて、いま再びオーディオ製品を作るということですから。サエクさんの部品も関わってましたし、そのほかオーディオ関連のメーカーの方ともかなり取引してました。私は去年バトンタッチしたのですが、会長も本当はもっと口出してやりたいのでしょうね。昔の知識はあるので、当時はこうしていたというようなことをすごく知っているのですが、今回は口出さずに若いものに任せてくれました(笑)。

北澤氏2世代目を任されているもの同士が結びついているのが面白いなと思います。内野さんがこういう加工技術を持っていても、それでなにか作ろうという意識がなければここまで行かなかった。アームをやりたいという意思と加工技術、そしてサエクの結びつき。良い組み合わせができたのではないかと思います。

ーー まさに「アームが結んだ親子二代の縁」、素晴らしいですね。本日はありがとうございました。

(聞き手・構成:山之内 正)