【熊本城のいま】石垣の隙間埋める目地しっくい

©株式会社熊本日日新聞社

解体された熊本城の西大手門。石垣の目地を埋めるしっくいが目を引く=2月19日撮影
鉄骨の隙間から見える南大手門の目地しっくい

 二の丸広場の東側にある西大手門は全て解体され、一部が崩れた石垣だけが残る。石垣には、白い模様のような線が描かれている。

 熊本市熊本城調査研究センターの職員によると、白い線は「目地しっくい」と呼ばれ、「石と石の隙間を埋めるしっくい」という。目を凝らすと、南大手門の石垣にも白いしっくいが塗り込んである。本丸御殿の闇[くらが]り通路や二の丸御門跡の石垣にも施されているという。

 西大手門は明治初期に石垣とともに解体された。西南戦争に伴い、軍が撤去したとみられる。その後、1981年と2003年の2度にわたって復元された。

 両方の工事に携わった市文化振興課の西川公夫さん(65)によると、目地しっくいは03年の工事で施したという。南大手門や二の丸御門跡の石垣の一部に、しっくいが現存していたことから、西大手門にも施されていたと判断した。

 目地しっくいについて、西川さんは「はっきりしないが、石垣の背面から雨水などの水分が表側に出てこないようにするため、もしくは化粧的な意味合いがあるのではないか」とみる。

 特別史跡熊本城跡保存活用委員会のメンバーであり、佐賀大全学教育機構の宮武正登教授(城郭史)によると、目地しっくいは鹿児島城や大阪城にも見られるが「現存する類似例は多くなく、とても珍しい工法」という。他の城の施工例から「通水・湿気防止のための措置であると同時に、何らかの意匠性を伴っているかもしれない」と推測。西川さんの見立てと一致する。

 10月に始まる熊本城の一般公開で、入場者は二の丸広場から西大手門跡を通って天守閣方面へ向かう。熊本城総合事務所は西大手門の復旧について「城への入場ルートとして使うため、全体の復旧工事の終盤になるだろう」としている。(飛松佐和子)

(2019年3月15日付 熊本日日新聞朝刊掲載)