車内販売に明日はあるのか?

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

(上)「ゆふいんの森3世」=2019年2月、大分県日田市、(下)19年3月15日で終了する九州新幹線「さくら」での車内販売=19年2月

 「コーヒー、お茶、お弁当はいかがですか?」。乗務員が商品を収納したワゴンを押しながら利用者に声を掛け、巡回する車内販売は鉄道旅行の定番の光景だった。

 しかし、平成最後のJRグループのダイヤ改正となる2019年3月16日を境にJR東日本が東北新幹線の主に東京と盛岡を結ぶ「やまびこ」、東京と静岡県・伊豆半島にある伊豆急下田、修善寺をつなぐ特急「踊り子」、JR九州の九州新幹線、JR四国の岡山を発着して四国と結ぶ特急「しおかぜ」と「南風」の一部区間などでドミノ倒しのように営業を終える。

 先立ってJR北海道も特急「スーパー北斗」(札幌―函館)で2月末に取りやめ、長万部(おしゃまんべ)駅の名物駅弁「かにめし」を車中で買えなくなった。

 もはや「ないのが当たり前」になりかねないほどの衰退ぶりだ。“風前のともしび”になってきた車内販売に明日はあるのか?

 道が険しいのは間違いないが、風雪に耐えて生き残れる「売れる車内販売」はあると私は考えている。そのポテンシャルを見いだしたのが、3月に誕生30周年の節目を迎えたJR九州の博多(福岡市)と由布院(大分県由布市)を結ぶ特急「ゆふいんの森」だ。まもなく幕を閉じる平成の元年(1989年)に誕生して平成時代を駆け、「D&S列車」と呼ばれるJR九州の観光列車の主力に成長した。

 車内販売の状況をみると、JR東日本は17年度の売上高がピークの1999年度と比べて半減し、九州新幹線では2012年度からの5年間で約30%減った。鉄道各社が「駅ナカ」と呼ばれる駅構内商業施設を拡充したことで弁当を買ってから乗車する利用客が増え、社会問題化している人手不足によって採用が難しくなったのも逆風になった。

 しかも、商品を買いたいタイミングで車内販売が回ってくるわけではなく、取り扱う商品が限られるので欲しい物があるとは限らないのも顧客を逃す要因となっている。

 ならば買いたい商品が、欲しいタイミングに手に入る車内販売ならば売れるのではないか。そんな仕掛けを見いだしたのが「ゆふいんの森」だ。

 「子鉄」の12歳の息子を連れて住んでいる福岡市から大分県日田市の久大線日田駅へ足を伸ばし、帰路に乗り込んだのが優れた眺望を楽しめるように床を高くしたハイデッカーの気動車「ゆふいんの森3世」キハ72系で運転する博多行きだ。列車先頭の5号車の指定席に腰掛けた次の瞬間、目に入ったのが座席の背のポケットに収納した「車内販売メニュー」と記した印刷物だった。

 手に取って広げると驚かされたのが、沿線の地場産品を生かした商品のオンパレードで選ぶのに迷うほど選択肢が豊富なことだ。キノコが入った炊き込みご飯を味わえる車内限定の「ゆふいんの森弁当」(千円)や、大分県の特産品のカボスを使ったアイスクリーム(350円)、地ビールの「ゆふいん麦酒」(650円)といったご当地ゆかりの品目が並ぶ。

 しかも中国や台湾、韓国などからの旅行者の利用が多いだけに、片面は日本語と英語で、裏返すと中国語と韓国語で表記した4カ国語対応になっている。

(上)「ゆふいんの森」の車内ではパネルを持って記念撮影できる=19年2月、大分県日田市、(下)各座席に配置され、中国語と韓国語でも記されている「ゆふいんの森」の車内販売メニュー=19年2月

 メニューを座席に置いた効果はてきめんで、息子に「早くビュッフェに行こうよ!」と袖を引っ張られて3号車のビュッフェに向かった。木材をふんだんに使ったカウンターに販売商品を陳列し、一目で分かるように工夫している。隣で息子がメニューを凝視しており、視線が「ゆふいんの森プラレール」の文字のあたりに釘付けになっているのに不安を覚えた。2160円と販売品目で最も高額なのだ。

 予想に反して息子が「このD&S列車ストラップがいいな」と口にすると、乗務員は「そちらは車内限定商品ですよ」と相づちを打って背中を押す。プラレールと言い出さなかったことに胸をなで下ろして「じゃあストラップにしようか」と息子の要求を受け入れ、私はそれぞれ由布市名物のサイダーとおはぎを注文した。

 「お会計は1810円になります」と、3点にしては結構いいお値段で…。プラレールの価格に気を取られてよく見ていなかったのだが、ストラップだけで1200円するのだ。ただ、栓を抜いた瓶入りサイダーとコップを持ち運びやすいように箱に入れてくれるなど、購入者への心遣いはよく伝わってきた。

 座席に戻った後も別の乗務員が回ってきて、「お写真を撮りましょうか?」と記念撮影用の「ゆふいんの森3世」先頭部写真のパネルを貸してくれた。声を掛けられた別の乗客は、コーヒーを注文して買っていた。乗客の「インスタ映え」のニーズに応えたきめ細かい接客を、車内販売のチャンスにも生かしているようだ。

 観光客の購入意欲をそそる地場商品を用意し、乗務員が気さくに声を掛けて財布のひもをゆるませる「ゆふいんの森」の車内販売。逆風下でも生き残れる足腰の強い現場が、そこにはあった。

 ☆大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信社福岡支社編集部次長。JR九州アプリで買った日田から博多への「ゆふいんの森」の切符は大人1650円と普通列車の運賃と同じで、特急券はタダとなる計算!車内販売での消費意欲が高まりました。

© 一般社団法人共同通信社