MLBが導入する「ピッチスマート」とは? 球数制限の背景と米球界が抱える問題

日本とアメリカで異なる球数への意識

「ピッチスマート」では17、18歳だと1日の球数の上限は105球、76球を超えると最低でも中4日の休養

 MLBは2014年に医師をはじめとした専門家の意見も取り入れたガイドライン「ピッチスマート」を発表した。これは年齢ごとに1日の球数の上限、その球数によって必要な休養日を細かく定めたものだ。

 例えば17~18歳だと、1日の球数の上限は105球。31-45球を投げた場合は中1日の休養が必要で、76球を超えると最低でも中4日、休養しなければならない。

 もともと、アメリカの少年野球は、学校ではなく地域のクラブ単位で行われていた。クラブはリトルリーグなど少年野球リーグに所属しており、同一リーグ内でリーグ戦やトーナメント戦が行われてきた。日本で言う甲子園のような全国大会は存在せず、地域大会が一番上位の大会だ。

 だから、指導者は勝利を求めて選手に無理をさせることは少ない。少年野球の指導者は「今」の勝利を求めるのではなく、有能な野球選手を輩出することを目標にしているから、選手に登板過多などを強いることもなかった。

 少年野球リーグは独自に球数制限や登板間隔などの制限を定めていた。そもそもアメリカでは野球はシーズンスポーツであり、選手の大部分はアメリカンフットボールやバスケットボール、ウインタースポーツなども掛け持ちで行うのが一般的。日本の高校野球のように一年中野球をしている選手は珍しい。そういう環境下では野球少年の健康被害はそれほど多くはなく、OCD(離断性骨軟骨炎)の発症率も日本よりもはるかに少ないとされた。

アメリカでは無縁だった登板過多問題 しかし取り巻く環境の変化で問題に

 しかし、近年、少年野球を取り巻く環境は大きく変化しつつある。MLB選手の契約の大型化によって、優れた才能を持つ野球少年を発掘し、MLBに売り込むことがビッグビジネスになったのだ。アメリカ各地の有望な選手を見つけるブローカー、スカウトが出現。速い球を投げられるなど能力の高い野球少年は彼らと契約するようになった。そしてMLBスカウトに高い能力を見せるために、無理をするようになった。

 有望な野球少年をスカウトに披露するための「トーナメント」が毎週のように開催され、そのためだけのチームが結成されるようになった。こういうチームは「トラベル野球チーム」と呼ばれ、名前の通り、全国の野球大会を回るようになった。主としてトーナメントで行われるこれらの大会の中には、球数制限のないものもある。こうした少年野球の大会は、温暖な地を中心に一年中行われるようになり、シーズンスポーツだったアメリカの野球は、大きく変貌したのだ。また、有望な野球少年を動画で紹介する「パーフェクトゲーム」などの専門サイトも生まれた。

 2017年に発刊された「THE ARM(豪腕)」(ジェフ・パッサン著)には「トラベル野球チーム」に参加し、スカウトの前でパフォーマンスを披露した挙句に、トミー・ジョン手術を受ける少年が紹介されている。MLBで活躍するトップ選手の中にも、こうした新しい少年野球のシステムの出身者が多くなっているが、その一方で10代でトミー・ジョン手術を受ける子供が急増。社会の批判を浴びるようにもなっていた。こうした新しい少年野球は、リトルリーグやポニーリーグなど、従来の少年野球リーグに所属していないことが多いため、野放しになっていた。

 MLBは過熱する少年野球の現状に危機感を抱き、すべての少年野球の団体、大会が守るべき投球制限、登板間隔の基準である「ピッチスマート」を発表した。アメリカではプロ野球とアマチュア野球の障壁は小さく、MLBがアメリカの野球界を指導する立場でもあった。「ピッチスマート」は、アメリカの少年野球にも問題が存在することを物語っている。しかし、アメリカの野球界は、その問題を放置することなく、迅速に対応したのだ。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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