【竹内薫のトライリンガル教育】算数で「プロジェクト学習」を実践してみると

サイエンス作家として有名な竹内薫先生は、「トライリンガル教育」を推奨するYES International Schoolの校長という側面ももっています。前回は、プロジェクト学習について説明しました。今回はプロジェクト学習が実際にどのように行われているかをお見せします。

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実際のプロジェクト学習

さて、実際に小学校レベルの算数でどのようにプロジェクト学習が行われているかを、私自身の授業を例に説明します。

いま私がYES International横浜校で受けもっている算数の授業では、1つの教室の中に2年生から6年生まで10名近い生徒がいます。学齢だけでなく、子どもによって算数への興味、計算力、想像力が大きく異なります。

指導する先生は2名。主に低学年に分数や小数などの基礎的な計算技能を教える先生と、主に高学年にプロジェクト学習を指導する私の2人です。とはいえ、低学年の子どもから「薫先生、ちょっと来てください」と言われれば、高学年の指導の合間に低学年の子どもの面倒も見ます。また、高学年の子どもが自分の「課題」をやってしまって暇になったら、次の課題に進むこともありますが、低学年の子どもに「教える」こともあります。

クラスを学年別にしない理由

ここで注意していただきたいのは、なぜ、クラスを学年別にしないか、ということ。これは非常に重要で、なぜ、真夏なのにネクタイをするのかとか、なぜ、もともと茶髪なのに黒髪に染めないと先生が怒るのか、といった問題に似たところがあります。

学齢によるクラス分けは、限られた人数の先生(担任の先生1人という意味です)で生徒の平均的な学力を担保するためには最適の方法です。工場の大量生産と同じ仕組みであり、もちろん、その起源はプロシアにあるわけです(ナポレオン戦争に負けたプロシアで教育改革がはじまり、命令を忠実に実行できる兵士を養成することが本来の目的でした)。

しかし、平均的な学力をもった人間を大量生産する時代は終わりました。これからは、そのような能力は、人工知能(AI)にまかせることになり、人間には、AIを使いこなし、人間同士で円滑なコミュニケーションを取りながら、「クリエイティブに生きる」能力が求めらます。ゆえに、プロシア式と産業革命「以前」の教育の形が世界中で復活しているのです。

また、算数のできる子が不得意な子に教えることもきわめて大切です。人間は、教わるだけでは、本当にその知識を使いこなすことができません。受け身のままではダメなのです。プロジェクトを自立的にこなしている子どもの場合でも、自分でわかった「つもり」になっているだけで、他人に説明しようとすると、「実はよくわかっていない」ことに気づくものです。

人間は、自己完結した生き物ではありません。自分がもっている知識を他人に教えることで、自らの知識の限界を見極め、他人の理解のプロセスを見ることで、自分の知識に磨きがかかり、「知恵」へと昇華させることが可能になります。ですから、高学年の子が、習い立ての知識を低学年の子に教えることには、隠れた意味があるのです。

ソファ問題

一限目

さて、私がいま高学年にやってもらっているプロジェクトは有名な「ソファ問題」です。

【ソファ問題】幅が1メートルの廊下が玄関から居間に続いています。廊下は途中で直角に曲がっています。この廊下を通り抜けることができる最大面積のソファはどのような形で、その面積はいくらでしょう? ただし、引っ越し屋さんと違って、この世界には「高さ」がありません(2次元世界です)。

子どもたちは、まず「高さがない」というところをひとしきり議論し合います。

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「それじゃ、潰れちゃうじゃないか」

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「No no no, it's just like ants' world! We can imagine this world is, let's say, only 1 mm high」(ちがうちがう、アリの世界みたいなもんなんだよ! だから高さが1ミリしかない世界を考えればいいんじゃん)

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「2次元ってなに? 次元って?」

YES International横浜校はバイリンガルスクールなので、帰国子女で英語のほうが先に出る子どもと、ふつうの幼稚園・保育園から入学してきて日本語のほうが得意な子どもが混在しています。私は幼少時にNYに連れて行かれたため早期バイリンガルなので、英語の子とは英語で、日本語の子とは日本語で授業をやります。どちらのタイプの子どもも、聞き取りは問題ないレベルなので、授業は、文字通り日英混合で進みます(ちなみに、国語の授業は日本語だけ、英語の授業は英語オンリーです)。

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「次元というのは英語でdimension(ディメンジョン)、方向っていう意味だよ」

私が助け船に入り、そんなこんなで40分が経過。プロシア式の詰め込み教育に慣れている人が見たら、なんて無駄なことをやっているのかと首を傾げることでしょう。でも、これからの学びの基本は「遊び」です。苦しんで嫌いになってしまっては元も子もありません。楽しく遊びながら「知恵」を身につけてもらうのが一番です。

ソファ問題プロジェクトの一時間目は、こんな感じで、問題の意味を考えてディスカッションをしておしまい。

二限目

翌日の朝一の算数では、生徒たちが思い思いの方法でソファの形を工夫します。大人が想定する典型的なステップは、

一辺が1mの正方形→長方形→三角形

ですが、子どもの発想は大人みたいに凝り固まっていないので、いきなりヘビみたいな形やロケットみたいな形が飛び出します。ここで、ペーパークラフト的に廊下の模型をつくって、紙粘土のソファを通してみる子もいれば、方眼紙の上で紙から切り抜いたソファを動かす子もいます。あるいは、ずっと頭の中で形を「妄想」する子も。

試行錯誤の末、またもや時間が来てしまって、プロジェクトは次の授業へ持ち越しになります。

三限目

翌週の水曜日の朝一の算数の授業では、息抜きを兼ねて、ヒントを出します。そのヒントは「ソファの形には円が入ってくるよ」というもの。円? ということは丸いソファなのか!? でも、円の面積ってどうやって求めるんだろう?

そこで、一時的にプロジェクトの本道から離れて、円周の長さと円の面積の求め方を勉強することにします。

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「Do you know how to calculate the circumference of a circle?(円周の長さの求め方って知ってる?)」

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「No!(知らない!)」

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「How about the area of a circle?(円の面積は?)」

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「We don't know!(わからない!)」

子どもたちは堂々と「知らない」と答えます。そこで、まずは正方形の周囲の長さと面積を計算してもらい、次に、その正方形に内接する円を描いて、正方形と比べてもらいます。誰でも直観的に、内側にハマっている円の方が円周が短く、面積が小さいと予想しますが、まだ計算ができません。うーん、ここからは歴史のお勉強だ!

四限目

古代ギリシャから綿々と続いてきた円周と円の面積の計算について、少しずつヒントを出しながら、生徒たちに考えてもらいます。たとえば、さきほどの正方形に内接する円のさらに内側にハマる正方形を描いて、その周囲の長さと面積が、円より小さいことに気づいてもらいます。それから、正方形を六角形に変えて、八角形に変えて……ようするに、外側と内側から多角形で円を挟んで、どんどん円周と円の面積を「追い詰める」のです。

これらは普通に小学校の高学年の算数の教科書に載っていますよね? あたりまえのことです。ポイントは、教科書に書いてあることを「上から与える」のではなく、子どもたちが「再発見」するよう仕向ける点にあります。なにを教えるかではなく、どう「教えないか」なのです(笑)。

円の面積といえば、円の一部や重なった円の面積をドリルで計算した憶えがありませんか? あれはあれで面白いのですが、本当の面白さは、挟み撃ち戦法によって、円周と円の面積を追い詰めて、最終的に円周率πを捕まえるところにあります。

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「So, what is Pi, after all?(で、結局、πってなんだっけ?)」

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「正方形の半径が1のとき、正方形の周囲は8、その内側の円の半径が1のとき、円周は6.28……8より小さくて、それはπの2倍」

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「円周は直径かける3.14」

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「Pi is the ratio between circumference and diameter.(πは円周と直径の割合のことだね。だから円周『率』)」

こんな具合で円周率の意味を「発見」した子どもたちは、次に円の面積をどうやって求めればいいか、悩み始めます。あまり長々と書いてもなんですが、これは、円をどうやって切り刻んで並べればいいか、という問題であり、そこに面積1の正方形が何個入っているか、という問題なんですね。円の中にちっちゃな正方形を敷き詰めていき、端っこの余りは「面積が半分の三角形」と考えてもいいでしょう。あるいは、円をピザパイみたいに8等分、16等分……して、上下を互い違いに並べて、擬似的な長方形とみなして面積を計算してもいいでしょう。

「でもさ、端っこの三角形は本当は丸いよね。ピザパイを互い違いに並べたときも、丸い凸凹があるよね。ピザパイを1万個に分けてもちっちゃな凸凹はなくならないよ。それをちゃんと計算する方法は、ニュートンさんとライプニッツさんというエライ数学者が発見して、ビブンセキブンっていうんだ。そのうちみんなにも教えてあげるよ」

ということで、ソファ問題が危うくビブンセキブンの授業になりそうになったところで、脱線はおしまい。

答えを計算するのが目的ではない

延々と遠回りをしましたが、「ソファ問題プロジェクト」の狙いは、まさにこの遠回りにあります。ソファ問題の答えを計算するのが目的ではなく、そのプロセスこそが大事なのです。子どもたちは、ソファ問題を解くために必要なツールの使い方をドンドン「発見」していきます。それは紙粘土であったり、円周率の意味であったり、方眼紙やコンパスだったりします。

私がソファの形と寸法をホワイトボードに描いて、

「はい、これがソファ問題の答えだよ〜。面積を計算して憶えちゃえ。試験に出たら、廊下の縮尺だけ考えて答えを書けばいい」

などと受験塾の先生みたいに教えようものなら、子どもたちは、創造性の芽を摘まれて、数学の「本当のおもしろさ」を知らずに生きていくことになるでしょう。

私はいろんな人に言うのですが、数学が嫌いとか苦手な人というのは、ほとんどの場合、学校のつまらない授業や公式の暗記や試験(さらにはお受験!)が原因で、「数学という素晴らしい世界を放棄した人生」を送っているのです。

人間はさまざまな選択ができます。「英語のコミュニケーションや広大な文化世界を見ないことを選択した人生」もあれば「二次方程式とその背後にある広大な数学世界を棄てることを選択した人生」もあります。

すべての「素晴らしい世界」を選択するには、人生は短すぎますが、そもそも素晴らしさを知らずに棄ててしまうのは、なんとも残念なことです。特に無限の可能性を秘めた子どもたちの将来は、できるだけたくさんの選択肢を与えてあげるほうがいいに決まっています。

プロジェクト学習の本質は「課題解決」であり、そこには「発見の喜び」があります。子どもたちの世界を無限に拡げるためのプロジェクトなのです。

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